3.
紅葉が舞い降りて二人の身体を赤く染める。空気までもが赤い世界の中で弥子は立ち尽くした。ネウロの腕、ネウロの温度。冷たい、けれど触れられたところから全身に熱が走った。思わず眼を見開き、あまりに近いネウロの顔に息を詰める。
唇が、触れあった。
「ヤコ、」
優しいくちづけ。
白く長い指が弥子の頬を撫でた。そのまま指は輪郭の上をなぞるように移動し、あごをそっと包み込み引き寄せる。触れ合うか触れ合わないかくらいの距離で、何度も何度も繰り返されるキス。
息ができない。
ネウロの声が優しすぎるほど優しくて、開いたままの瞳から涙が零れるのを感じた。熱い。涙が流れたあとが筋になり、風に晒される。冷たい。美しすぎる紅葉が、美しすぎる男の姿が、弥子の心に慰めることの叶わない深い哀悼を呼び起こした。
もう、戻れないのだ。
わけもわからないままにネウロを見上げて、自分の名を呼んだ魔人の心を読み取れたならと思った。もしそれができたなら、どんなに幸せだったろう。
「どうして、」
「聞くがいい。ヤコ」
静かな魔人の声が、ヤコの言葉を穏やかにさえぎる。
「我が輩は魔人だ」
「うん」
「貴様らのような感情はわからない」
「………うん」
「とまあ、そう思っていたのだがな」
「…え?」
あまりに近いところから響くネウロの声。耳に感じるネウロの吐息に、ヤコは全身を震わせた。
「どうやら、我が輩は、貴様を離したくないと…そう思っているらしい」
淡々と告げられた言葉。何の感情も篭ってはいない。けれど、だからこそ、その言葉はこれまでに聞いた何よりも真実だった。瞳を限界まで見開いて魔人を凝視し、弥子は言葉の続きを待った。
「これは何という感情なのか…謎よりも甘美な、混沌としていて、哀しくて、幸せで…」
抱きしめる腕がほんの少し緩まった。弥子はその腕に自分の手を添えて、自分からネウロを抱きしめた。
「ネウロ…」
辛かった。囚われているのは自分だけだと、ずっと思い込んでいた。けれど、違った。ネウロも自分を欲してくれていた。
紅葉が舞い降りる。世界がネウロでいっぱいになる。赤い紅葉。青いスーツ。赤。青。交わるはずのない色二つが交錯する。交わるはずのない人間と魔人がひどく静かに抱きあう。あれほど強く感じた哀悼は遠くへ消え去り、降りてきたのはひたすらに幸福な神聖な想いだった。
優しいキスがもう一度降ってくる。緩んでいたネウロの腕が再び強く弥子の体を締めつける。それに負けじと弥子も強くネウロの身体に腕を回した。
「…好きなんだと思う」
小さく、小さく呟いた言葉。ネウロが微笑む気配がした。身体を離される。見つめあった。
ネウロの顔に浮かんでいたのは確かに微笑みだったが、それはいつものS全開のものではなく、もちろん依頼人に向ける作り物のそれでもなく、電人との戦いではじめて見せた、決意をたたえた…けれど優しいあの笑みだった。激しく強く鼓動が全身を打ち鳴らす。言葉にならない想いが全身を駆け巡る。
「ヤコ。…愛している」
単調な、抑揚のない声。普段弥子を「ワラジムシ」「豆腐」といって罵るときとなんら変わりないように思える語調。けれど弥子にはわかった。誰よりも一番ネウロのそばにいるからこそ読み取れる感情。言葉の奥の、優しさ。
だから弥子も精一杯微笑み返し、同じ言葉を呟くように魔人の耳元に囁いた。
鮮やかすぎる紅葉の大樹の下で、二つの影が互いを抱きしめあい、一つになった。
事務所の主二人が帰ってきたのは、もはや夕暮れになろうかという時だった。いいかげんトランプにも飽きた吾代が二人を怒鳴りつけようと車のドアを開けて、そして何も言えずにそのまま立ち尽くした。
ひどく優しい手つきで少女を抱きかかえる男。恐らく眠っているのだろう、安らかに男に身体を預けて瞳を閉じた少女。
そういうことかよと吾代は溜め息をついて、両手のふさがっている化け物のために後部座席もあけてやった。化け物はそのまま一言も言わずに後部座席に収まり、抱きかかえた少女を下ろそうともせずに長い脚を組んでさあ出発だと尊大な口調で吾代に命令した。
吾代は溜め息をつく代わりに助手席に収まっているお下げとこっそり目線…というべきなのかどうかよくわからないがとにかく目線を交わして、苦笑しあった。
積もりに積もった赤い落葉を掻き分けて、軽自動車はその山を後にした。
あとがき
本の魔女様との相互記念小説です!!
「事務所メンバーで紅葉狩り+ネウヤコ」というリクエストでした。
せっかく素敵なリクエストをいただいたのに、こんなものしか書けずに・・・申し訳ないですorz
それに結局事務所メンバーのうち目的の紅葉を見たの二人限定だし。あとの二人待ちぼうけだし…。申しわけありません本の魔女様!!書き直し随時受け付けます!!
それでは!!相互ありがとうございました!!
コウヤ
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