ホットチョコレート



何も言わずに注がれた液体に目を見張った。
弥子の両手よりも一回り大きいくらいのカップになみなみと注がれた茶色の液体。

「・・・ホットチョコレートだ」
「それ以外の何に見える」

とんでもなく無愛想な声に、安心するのはなぜだろう。

泣きながら電車を降りて、半分やけくそでここまで歩いた。
もうとっくに閉館の時間だと分かっていたし、今日ネウロが出勤しているかも解らなかった。
研究員には出張が多いからだ。

それでも、ここにくることしか思いつかなかった。

ダメだなあ、と思う。
何だかんだで、ネウロに甘えている。

対等でいたいと思うのに。
消せない差を差だと思わないために、あんたの気持ちを大切にしたいのに。

あんたの気持ちに甘えるだけじゃいけないと思うのに。

ホットチョコレートを一口啜る。

「美味しい・・・」

思わず声が漏れた。

張りつめていた心が一気に緩んだ気がして、思わず深く息を吐いた。
ずっと気を張っていたのだと、今更ながらに気付く。

ネウロが顔を背けるようにして呟いた。

「・・・何を泣いていたのか知らないが」
「!?バレてた!?」
「顔を見れば一目瞭然だ」

とっさに頬を触る。

渇ききらない涙の筋。
きっと泣き腫らして真っ赤になっているだろうまぶた。

「げっ・・・」
「色気のない呻き声だな。蛙のようだ」

自分でもそう思います。
とはまさか言えないので、頭を抱えた。

「情けないなあ・・・」

情けないと思う。
何が情けないって、ネウロにこんな姿をさらしているところが。

「ヤコ」
「ん?」

ぶっきらぼうにネウロが手を伸ばしてくる。
わしゃわしゃと頭を掻きまわされて、「わわっ」と焦った声が出た。

「ちょっ、ちょっと、何!?」

ネウロは無言で髪を掻きまわしている。
優しさや温かさなど欠片もない乱暴な手つき。
でもどうしてか、制止することができなかった。

手が離れる。
すっかりぐしゃぐしゃになった髪を急いで整えながら、非難を込めてネウロを見る。
ネウロはまた少し視線をそらしながら、ホットチョコレートの入ったカップをぐいと突きつけてきた。

「飲め」
「はい?」
「美味いのだろう?」
「う、うん、美味しいけど」
「貴様は美味いものが好きだろう」
「そ、それは、美味しいものを嫌いな人はいないでしょ」
「ならば飲め」

戸惑いながら、押しつけられたカップを受け取る。
こちらをまっすぐ見ようとしないネウロを見ていると、少しだけ分かった気がした。

もしかすると、これは。
もしかしなくとも、不器用なこいつなりの、

「飲めと言っているだろう」
「・・・うん」

ああ、ダメだ。あんなに甘えてなるものかって思ってたのに。
ほだされてしまう。

カップになみなみと注がれたホットチョコレート。
味音痴のこいつのよりも、私が自分で作った方がおいしいと知っているけれど。

こんなに温かな飲み物は、きっと他にはないだろう。
だから私はまた今日も、博物館を目指すのだ。



あとがき

やっぱりこのシリーズのネウロは振り回される運命のようです!
頑張れネウロ!

コウヤ




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