ナゾトキ


1.


人の運命を決定するのは、その人が自分自身をいかに理解しているかということである。(ソロー)


「貴様は答えを知っているはずだ」

片腕の男は傲然と言い放った。少女は強いまなざしで男を睨む。

「口調がずいぶん違うね」
「貴様の前で取り繕っても仕方あるまい?」

それとも貴様の叔父と話した時のように、敬語で丁寧に話してやった方がいいのか?笑いながら男は言う。そらぞらしいから嫌だと少女が言うと、ならばこのままでいいだろうと傲慢に告げられる。

「それに、今は口調など取りざたしている場合ではないだろう」

時間がない、と男は言って、躊躇う弥子を嘲った。

「さあ、謎解きを始めようか。桂木伯爵、貴様と我が輩の二人だけで」

伯爵。そうだ、自分は今日から伯爵になるのだ。
弥子は目を閉じた。懐に隠した冷たい感触だけが、彼女を支えた。





この男、脳噛ネウロが現れたのは一か月前のことだ。流れ者の探偵だと名乗る飄々とした態度の彼を、屋敷の者は始め皆怪しんだ。だが、男と数回話した叔父伯爵は随分と気に入った様子で、客人として彼を快く受け入れた。偏屈で他者に冷酷な伯爵には珍しい行動に、屋敷の召使たちは皆驚いて口々に客人のことを噂した。

弥子の父母、前伯爵とその夫人は5年前に亡くなっている。海辺の別荘で、崖の下に落ちたのだという。溺死体には暴れた痕跡がなかったことから、自殺だと片づけられた。両親が落ちた崖の上から険しい海を眺めおろした時の海風の匂いを、味わった絶望的な感情を弥子は未だに忘れることができない。

いずれにせよ当時11歳だった弥子には伯爵家を継ぐことができず、爵位は全伯爵の弟にあたる弥子の叔父が継いだ。いずれ弥子が18の誕生日を迎えれば爵位は弥子に返るが、その時弥子の従兄に当たる彼の息子と弥子とが結婚し、ともに爵位を継ぐことになっている。

その叔父が、毒入りのワインを煽って亡くなったのが、昨日。

従兄と叔母が、弥子の両親と同様に溺死体として見つかったのが、今朝のことだった。





少女は唇を引き結んだまま男を見つめている。男は平然と続けた。

「貴様はそこに居るだけでいい。言うべきことだけ言えばいい」

つまり、何も語るなということか。彼が作り上げた「事件の真相」をそのまま受け入れろというのか。弥子は懐に隠したナイフを握りしめた。ネウロはまだ気付かない。静かにネウロの言葉を聞きながら、めまぐるしく頭を巡らせる。部屋の中には男と少女の二人だけ。召使も今は傍にいない。

「言うべきことは分かっているだろう?全ては貴様の目の前で起こったのだから」

振りかざしたナイフを、男はあっさりと叩き落とした。そして挑発的に笑う。

「貴様は犯人にはなれん。貴様はせいぜい“探偵”がお似合いだ」

最後の手段を奪われて、弥子にはもうなすすべがない。ただ呆然とネウロの言葉を聞くだけだ。唇を歪めて皮肉を呟く。

「“探偵”はあなたでしょう」
「そのとおり。だが、我が輩は“犯人”になる資格がある。その理由を、貴様は知っているだろう?」

そう、知っている。

弥子はネウロがナイフを拾い上げる様子を緩慢に見つめた。それはまっすぐ弥子の心臓に向けられる。

「・・・謎を解かなければ、私を殺すといっているの?」
「我が輩にできないと思うか?」
「・・・ううん」

静かに首を振る。彼は、私のために私を殺すだろう。私が、彼のために彼を殺そうとしたのと同様に。

「死にたいのか」
「死にたくはないよ。でも」
「ならばさっさと謎を解くんだな。貴様の両親のためにも」

はっと息を呑んだ。

「今なら逃がしてやれる。“せめてもの情け”で」

ぐっとこぶしを握りしめる。両親のことを忘れていた。彼らは弥子の死を決して望まないだろう。命を引き換えにしても弥子を生かそうとするだろう。弥子は眼を閉じた。



そう。私は犯人を知っている。



「ネウロ」

顔を背けながら、男の名前を呼んだ。男がナイフを弥子の心臓からそらし、嘲るようにそれでいいと言うのが聞こえた。

顔を背けたまま、謎解きを口にする。

叔父の部屋にワインを持っていく召使から、そのワインを預かっているあんたを見た。状況を考えて、あのワインに毒を入れられたのはあんたしかいない。そして、叔母と従兄が崖に落ちた時、あんたは屋敷に居なかった。召使に確認したから、それは確かだ。

片腕の男は金の髪を揺らして緑色の目を煌めかせた。

「・・・犯人は、あんただ」

告げる弥子の言葉に、ネウロは残酷な笑みを浮かべた。

「その通り」

あっさりとした肯定には、満足げな響きが混じっていた。弥子は唇を噛んでネウロを睨み上げた。

もうすぐ警察が到着する。彼らの前で弥子は謎を解く。そして犯人は連れ去られ、弥子は伯爵としてこの城と膨大な財産を継ぐことになる。こうして全てが彼の思い通りになる。二人きりの謎解きはこれでおしまいだ。緑の瞳を見つめた。その奥には何の感情も宿っていない。

そうじゃない。そうじゃないのに。ネウロというもう一人の探偵さえこの事件に巻き込まれなければ、本来探偵を務めるべきものが事件を解決できたはずだったのだ。

唇を噛みしめて、弥子は顔を上げる。

あんたが一番殺したいのは私のはずだ。殺さずにこうして生かして、一人きりの世界で地獄を味わえとでも言うのか。無意味に延ばされた残りの生を、ただ諾々とやりすごしながら生きろと?

そうだとすれば、効果的な復讐だ。私にはもう生きる理由がない。そのすべてをあんたに奪われてしまった。大切だった多くの人はすべて殺されてこの世にはいない。私は一人だ。一人きり。

顔を背ける弥子を見て、ネウロが呟く。

「・・・本当のところを言えば、貴様に知られたくはなかった。だが貴様は、そのナイフを握りしめてここに辿り着いた」
「・・・今更、何を言ってるの」
「まあ、そうだな。全て終わったことだ」

そう、全て終わったこと。終わったことだ。

「愛しい貴様に最後の贈り物だ」

傲慢な呟きと共に、ネウロが唇を落としてくる。弥子はそれを黙って受けた。右腕のあるべき部分に、ただ無意味にはためくコートの袖を握りしめる。

「さようなら」

そう呟くとともに、車の音が門の外に聞こえた。

別れの時は目前に迫る。ネウロの真意をつかめないまま、謎を解くときが近づいていた。



End.






あとがき

某ボカロ曲が元ネタ。
小説タイトルを笑顔動画とかようつべで検索すれば聞けるはず。

元曲には小説もついてて、それを読めば納得いくらしいのですが、私は小説の方は読んでません。
曲だけで解釈してみました。解釈というか妄想ですね!

読んでもらえた方にはもうお分かりかと思いますが、この話は問題編です。
回答編「ナゾカケ」との二話構成になってます。
二つ合わせて読んでいただければと思います。

どうぞ皆さんもお好きに妄想してみてください!


コウヤ




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