2.

ああ、だるい。

頭がとんでもなく痛い。巨人の槌か何かでひっきりなしに殴られているかのような感じがする。二日酔いだと認識して頭を抱えた。ゆっくりと体を起こし、盛大に乱れたベッドに苦笑いする。適当な服を着こんで立ちあがると、寝室のドアが開いてネウロが姿を現した。目を合わせて微笑みながらベッドに座りこむ。

「起きたのか」
「うん」

ネウロはもうシャワーを浴びたのか、さっぱりとした身なりになっている。どうやら洗濯機を使ったらしく、着ている服もさっぱりと綺麗になっていた。



こうなるきっかけをずっと待っていたのだと言えば、今さらだと笑われるだろうか。

ネウロは自分のことについてほとんど知らない。捨てられていた時添えられていた手紙に書かれていたのだという名前と誕生日、それだけだ。弥子の誕生日と同じ、3月10日。

軽く唇を合わせると、洗いたてのシャンプーと歯磨き粉の匂いがした。

16歳の誕生日、その日に弥子の父親は殺された。犯人の手掛かりもなく、迷宮入りするかと思われた事件を解決したのはネウロだった。それまで、弥子がどんなに懸命に接しても微笑みひとつ見せようとしなかったネウロのその行動に周囲は唖然とした。弥子自身驚き、だが、静かに感動もした。

そして、今になるまで友人関係は続いていた。

互いに、見つめる視線の意味には気づいていた。弥子は、自分の気持ちを自覚するとともにネウロの視線に気づいた。そして、きっとネウロは、弥子自身の自覚より前に弥子の気持ちを見抜いていたのだろうと今になってみれば思う。

それでも互いに何の行動にも出なかったのは、きっかけが見つからなかったのと、今の関係を壊すのが怖かったからだ。

友人として隣にいるなら誰より心地いい相手でも、恋人になったらどうなるか。恋人、というのは、猶予を許されない関係だ。傍にいるか、さもなければ分かれるか。そして、ネウロが傍に居て愛する相手に選ぶには向かない大変な性格をしているということも分かっていた。ドSで、我儘で、自分の感情を表すのが下手で、そのくせ人の数倍頭が切れる。弥子が考えていることなどお見通しで、どんなにもがいてもいつもあっさりと先回りされてしまう。

それでも。

いつも3月10日には、母の遙と二人で過ごしていた。その日に一人で居たくないという弥子の気持ちを母は理解してくれていたのだ。だが、今日遙はここにはいない。どうしても外せない出張があるからそちらには行けないという言葉に、弥子はうなずくしかなかった。

そして、嫌というほど分かったことがある。

一人になる恐怖と共に脳裏に浮かんだ顔は、ネウロだった。弥子にとって、この日に真っ先に傍に居てほしい相手はネウロだったのだ。

これまで何人か、恋人を作ったことはある。その中の誰ひとりとして、3月10日に傍に居てほしいと思う相手はいなかった。孤独では居たくないが、何も知らない相手に傍に居てほしいとも思わない。これはきっと一生変わらないのだろうと半ば諦めかけていたのに。ネウロが唯一持つものが、3月10日という日付だからなのか。あるいは、あの日弥子を救い上げてくれたのがネウロだからなのか。いずれにせよ、この先誰と付き合っても誰を愛しても、弥子にとって誕生日に傍に居てほしい相手は、母を除けば、ネウロしかいないのだ。

そんなこと、とっくの昔に分かっているべきだった。諦めて埋めてしまえるような想いなら、ここまで引きずったりはしないのに。

「・・・リビング、片づけなきゃ」

呼吸を乱しながら、ネウロの肩を押し戻そうとする。昨日のことを思い出すと、リビングは今さぞや悲惨な状況になっているだろうと思われた。途中で気がついて寝室に移動したからいいものの、脱ぎ散らかされたシャツやスカートやらでぐちゃぐちゃに散らかっているはずだ。

ところが、ネウロは人の悪い笑みを浮かべて、必要ないと言った。

「・・・明日にはお母さんが来るんだよ」
「我が輩が片づけてやった」

散らかしたのは我が輩も同じだからな。偉そうにそう宣言されて空いた口がふさがらない。ここは私の部屋なんだけど、と言おうとした口を無言でつぐんだ。マンションを選ぶ時もコストパフォーマンスの高い部屋を求めてネウロに相談したし、引っ越してきた後も頻繁に互いの部屋を訪ねてはくだらないことを話したりちょっとした飲み会を開いたりしていた。

「で?貴様の為にわざわざ骨を折ってやった我が輩に礼はないのか?」

それはそれは偉そうなネウロに、相変わらずだなあ、と苦笑いする。こいつは変わらない。本当に。だから私も観念するしかなかった。

昨日キスしたとき、ほんの少しでもネウロが拒絶するなら、何もなかったことにしようと思っていた。酔った勢いだと誤魔化して忘れてしまおうと思っていた。だがネウロは動揺の欠片も見せず、あっさりと弥子に応えた。つくづく、こいつには敵わない。

でも、素直に礼を言ってやるのは悔しいから、眼を合わせて不敵に笑ってみせた。

「続きでもする?」
「言ったな」

窓から差し込んでくる光の加減からして、どうやら時刻はもう昼だ。シーツはまだぐしゃぐしゃだし、弥子はシャワーも浴びていない。頭も痛いし体も痛い。

それでも、今日くらいは知ったばかりの体温に溺れるのもいいか、と思って弥子はネウロに手を伸ばした。







あとがき

2011年ネウヤコ誕生日小説。
幼馴染設定とか、斬新で楽しかった!

一応R15にしてみた。ぬるくてすみません・・・。
続編も書いてみたいな。

コウヤ




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