夏の食卓




 腹から聞こえる虚しい音。

せめて耳を塞ごうと枕で頭を包み込む。

音はごまかせても激しい空腹感はごまかせず、サスケは隣で眠る兄を見た。

「兄さん、もう寝た?」

「……寝た」

サスケは奥歯でチッと舌打ちしてイタチの方へ寝返る。

「起きてるなら起きてるって言えよ、イライラさせんな」

今度は腹の音で返事をされた。

「大きな声出すと余計に腹に堪えるぞ」

言われてみれば確かにそうだ。

サスケはそれ以上声を張り上げることなく脱力した。


 暁、鷹とそれぞれの組織に籍を置いたまま、兄弟揃って暮らし始めて一ヶ月。

古い小さな家屋を借りての生活にも慣れた。

何より一緒にいられるだけでこれ以上の幸せはない。

「米ってなんであんな高いんだろうな……今のオレにはとても手が出ない」

真っ暗な天井をぼんやり見上げながらサスケが言う。

「父上と母上から相続した遺産はどうした?」

「ネコバアの所で有り金はたいちまった……」

「そうか…」

ぼそぼそ言い合ううちに、空腹感はさらに増した。

心なしか腹の音もさっきまでより激しくなっている。

「ネコバアといえばサスケ、覚えてるか?」

サスケはイタチの切り出した言葉に耳を傾けた。









「食べて行きな」

両親が忍具や薬を選んでいる間、ネコバアは幼い兄弟におやつを与えた。

それはこの家族が空区へやってくる度、恒例のように。

「どっちがいい?」

二種類用意されたおやつを前に、イタチは必ずどちらかをサスケに選ばせる。

「こっち!」

答えは決まっている。

小皿に盛られた豆大福や桜餅より、サスケは決まって数枚の堅焼き煎餅を選んだ。

「頂きます」

声と手を合わせてそう言ってから、おいしそうにおやつを頬張る。

「このおせんべい、ウルチ伯母ちゃんのおせんべいに似てて美味しい」

醤油で焼かれた大判の煎餅で頬を膨らませるサスケを見て、イタチはげっ歯類の小動物を思い出す。

「兄さんにも少し分けてあげる」

そう言ってぱりんと割った煎餅を手渡されて、イタチは「ありがとう」と受け取った。

「オレのも少し」

「いらない」

分けてやると言いかけた途中でサスケに拒絶されて、イタチは淋しそうに小皿を見下ろした。









「覚えてるに決まってるだろ。うまかったからな、あの煎餅……」

「サスケは一度も食べなかったけど、団子や餅だってうまかったんだぞ」

離れ離れになっている間も時々思い出すことはあった。

郷愁とともに鮮やかに蘇る懐かしい味。

楽しかった頃を象徴する幸せの味。


「そのあとのことは覚えてるか?」

今度はサスケが問いかけ、イタチが耳を傾ける。

空区からの帰路、決まって立ち寄る場所があった。

火の国の山岳地帯に位置する農村。

かつての忍の一族の末裔が興したというその農家のことは、顔の広いネコバアから聞いた。

忍たるもの頑強な肉体を育み、鍛えなければならない。食はその資本。

父の言葉に従って、栄養価の高い野菜を育てるその農家を贔屓にしていた。

「あの農家の野菜はうまいからな。今ならいんげん、みょうが、ピーマン辺りか」

「今夜はかき揚げにしましょうか」

父の表情を見るに、頑強な肉体云々など忘れて食卓に想いを馳せているだろうことは兄弟にもなんとなく分かる。

何より兄弟はその農家が好きだった。

特に初夏。

農家の夫婦は兄弟を我が子のように可愛がった。

収穫の手伝いの真似をすると、採れたてのキャベツとトマトを食べさせてくれる。

木ノ葉商店街の八百屋に並ぶ野菜も大好きだけど、親に連れられた先で口にするそれらは特別な味だった。





 何故今に限ってこんなことばかり思い出すのだろう。

いよいよ空腹感は限界を迎えようとしていた。

「サスケ、覚えてるか?」

「兄さん、もう黙って寝ろよ」

イタチの問いかけにサスケは答えない。

聞いてはいけないと、本能的な何かが警鐘を鳴らす。

「母上の」

「もう何も言うなって!」

「おむすび覚えてるか?」

「……………」

言うなというのに、言ってしまった。聞いてしまった。

「オレが間違えてお前のおかかおむすびを持って任務に出かけた日があったの覚えてるか?」

「……ああ…覚えてる」

サスケはもう抵抗を諦めて、無力に答えた。

忘れるはずもない。

「あの子間違えてサスケのお弁当を持って行っちゃったわ。今日はこんぶでいい?」

という母の声もつい昨日のことのように思い出す。

「うまかったな……あれ以来おかかも好きになった」

「……オレも……」

アカデミーの教室で食べた、母のこんぶおむすび。

泣いても笑っても、もう二度と食べることはできない。

よりによってこんな最悪な状況で思い出すなんて。

ネコバアのおやつも農家の野菜も美味しかったけれど、極めつけが母のおむすびだなんて、残酷すぎる。

兄弟は空腹を通り越して痛みさえ感じるようになった腹を撫でさする。

「…父上は偉大だったんだな」

「そうだな……」

次はきっとおいしいものを食べよう。

豆電球の笠を仰ぎながら、声に出さず伝え合った。












サスイタ二人暮らし設定の派生編です。
採れたてのキャべツって食べるの難しいですよね、千切りにでもしない限り。
この兄弟時々テレパシー使ってたと思う。



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