ホームワーク




 なんだかうまく言葉にはできないけど、とにかくモヤモヤする。

机に向かったはいいけど、手に付かないままの宿題を放ったらかしにしてサスケはどさっとベッドに横になった。

横になると途端に瞼が重くなる。

寝ちゃだめだ、帰ったら真っ先に宿題と明日の予習を片付けて夕食の前は走り込みと筋トレをこなす予定なんだから。

と言い聞かせて、とにかくベッドから体を剥ぐように起こした。


階下へ降りると、リビングから父フガクの声。

「さすがオレの子だ」

開け放たれたドアからちらっと顔を出すと、テーブルを挟んでイタチの正面に座り、書類を手にしている。

どうせ成績表か何かでも見てるんだろうと、サスケはリビングを素通りしてキッチンへ向かった。


 中学に上がって2ヶ月になる。

そろそろ周りと自分のようなものがはっきり見えるようになってきた。

兄が優秀なせいで、自分が小さく見える。

学校の成績がいまいち兄に及ばないという、ただそれだけで。

自分で思ってるより、勉強だってスポーツだってなんでもそつなくこなす。

サスケ本人が知らないだけで、校内で密かに女の子に人気があったりもする。

あまり人と馴れ合わないせいで高嶺の花になってしまってるだけ。


冷蔵庫を開ける。

別に腹いせという訳でもないけど、それが兄のとは知らずによく冷えたミネラルウォーターをごくごく飲み干した。

喉の渇きが癒されると、綿密に立てた予定のことは頭の隅に追いやって部屋へ戻った。






 ふっと目が覚めて、枕元の目覚まし時計を手に取ると、夜の11時を針が指している。

「やっちまった…」

脱力しながらそう呟いて、だるい体を起こした。

こんな時間まで爆睡してしまって、もう眠るどころじゃない。

再びキッチンへ降りると、冷蔵庫の前で湯上りらしいイタチに遭遇した。

「………」

「?」

じっと見られて、サスケもイタチを見返す。

「お前だな、水全部飲んだの」

「水? …あっ、あれ兄さんのだったのか……」

昼間に飲んだミネラルウォーターがいやに美味かったことを思い出して、サスケは気まずそうに言う。

「まあいいけど。今起きたのか? 晩飯は?」

「いらねー…風呂入ってもう寝る」

眠れないけど、と心の中で付け足す。

イタチは何も言わずにじっとサスケを見つめた。

「…サスケ、暇ならちょっと出てみるか?」

「え? どこに?」

サスケが聞き返すと、イタチはリビングの引出を開けてゴソゴソ物色する。

大事なものがしまってあるから開けたり触ったりしたらダメ、と幼い頃から言い聞かされて、サスケはそれに手を着けたことがない。

もちろんイタチも。

「なに探してんの?」

あの生真面目な兄が親の言いつけを破るなんて、サスケは驚いて重ねて訊ねる。

「どこに行く?」

そう言いながら自分の免許証と父の車のキーを取り出した。

「大学合格するまで乗ったらダメって言われてなかった?」

何が何だか分からず、サスケは慌てて答える。

「今日だけだ。1日くらいいいだろ」

イタチはにこっと笑って答えた。


 大学入試が終わって混み合う前にさっさと免許をとってしまって、免許証はフガクが預かっていた。

受験生とは思えない大胆さも、どことなく兄らしいと言えば兄らしいとサスケは漠然と思う。


「いいの? 勝手にこんなことしてバレたらやばいって」

ガレージのシャッターを開けるイタチに言う。

「大丈夫だよ、父さんたちもう寝てるし」

ピピッと車のロックを解除して運転席のドアを開ける。

イタチに促されて、サスケは渋々助手席に乗り込んだ。

エンジンをかけて、すぐにガレージを出た。

「こうでもしないとお前最近全然相手にしてくれないからな」

「相手にって…兄さんは大事な受験を控えてるから邪魔するなって父さんに…」

サスケはそこまで言って言葉に詰まり、シートにどかっと体を預けた。

「…まあ、兄さんなら絶対合格するだろうけどさ…」

ミラーに消えていく街灯を目で追いながらサスケが言う。

「そうか?」

「なんで上の大学行かないの? 受験なんて面倒なだけじゃん」

今度はイタチの横顔を見上げて問いかける。

「んー…」

イタチは口許に手をやって、返事にならない生返事をする。

どうやらサスケの問いに対する答えでなく、どの道をどう行こうか考えているらしい。


「さっきの…」

「ん?」

サスケがぽつりと言いかけると、イタチは優しい声で聞き返す。

「どこ行く? ってやつ…」

「ああ、お前昔よく言ってたんだよ。覚えてたか」

「当たり前だろ」

兄弟が共に小学生だった頃、毎日のように一緒に遊んだ。

近所の本屋へ、母のおつかいで商店街へ、自転車で隣の街へ。

兄が中学に上がった辺りから段々とその回数も減っていき、互いに同級生の友人と過ごす時間の方が増えた。

別にそれが淋しかった訳じゃない。

家で毎日顔をつき合わせるし、男兄弟とはそういうものだと当たり前に思っていたから。

ただイタチにとっては、どこに行くかと尋ねるサスケがとにかく可愛かった。


「サスケ、着いたぞ」

あんなに寝たのにまたウトウトするサスケを兄の静かな声が起こす。

静かにドアを閉めて車を降りて見れば、なんのことはない、学校の裏手だった。

「なんだ学校かよ」

同じ敷地内の中等部に、少し離れた高等部に兄弟はそれぞれ毎日通っている。

なにもわざわざこんな時間に来なくても、とサスケはぶつぶつ言った。

「いつもはこんな時間に来ないだろ?」

「何時に来たって学校は学校だよ。いつもと違うものなんて見つかんねーよ」

サスケは今度は大あくびをして言い返した。

「…さっきも聞いたけどなんで上の大学行かないんだ? なんかやりたいことでもあるのか?」

サスケは中等部と高等部からさらに少し離れた、大学の敷地の方角へ視線をやる。

受験勉強なんて苦行以外のなにものでもない、サスケにとっては兄の行動も謎でしかない。

「…外に出た方がおもしろそうだから」

「え? なに?」

兄の小声は逆風に流され、サスケの耳には届かなかった。

「オレがよその大学に行くのが淋しいのか?」

「そんな訳ねーだろ! オレもう小学生じゃねーよ」

「分かった分かった」

サスケがムキになって突っかかると、イタチは口許に人差指をたてて笑い返した。

「そうだなぁ…でも教員免許はほしいな」

「教員免許?」

「そう。教育実習なんか行ってサスケの授業態度が見られるのもいいし」

「教育実習…」

イタチの言葉をただおうむ返しにして、サスケはぼんやりする。

確かにイタチは人に何かを教えるのが上手い。

サスケもつい最近までよく勉強を教えてもらっていた。

何より、イタチがそんな先のことまではっきり考えているのに驚いた。

サスケにとって遥か遠い未来のようでも、イタチにとってはあと数年後のことなのに。

「…もしそうなっても来なくていいよ。なんか学校でまで兄さんと一緒なんて見張られてるみたいで息苦しいし…」

もちろんそんなことは思ってない。

実際は心のどこかで待ち遠しいとさえ思う。

「ただでさえ父さんにがっかりされっぱなしだってのに……学校でまで兄さんと比べられたくねーし」

これは本音に近かった。

「好きな子でもいるのか?」

「はぁ?」

反射的に聞き返してしまった。

頬と耳に熱を帯びていくのが分かる。

確かにそういうのは家族に知られたくないな、というようなことをイタチが言う。

それを最後まで聞くのもいたたまれなくて、サスケはイタチの背中を押した。

「もういいだろ、帰るぞ!」

「分かったよ」

半ば無理やり運転席に押し込めらて、イタチは少し笑ってシートベルトを締めた。

サスケはムスッとシートにもたれかかる。

車を出して通りに乗った。

日中の騒がしさが嘘のように静かで交通量も少ない。

家にいても外にいても、朝でも夜中でも。

兄弟の距離感は互いにしか取れず、不思議と居心地がいい。

それは昔と変わることはない。

「……さっきの、父さんたちには黙ってて」

背もたれにしっかり上体を預けてぼんやりとサスケが言う。

「好きな子のことか」

頷く代わりに目を閉じた。

ほんの少し頬が上気したようでもある。

「着いたら起こして。……おやすみ、兄さん」

「ああ、おやすみ」

目を閉じるとすぐに寝息をたて始める。

信号待ちで停まると、イタチは後部座席のブランケットをサスケにかけた。













サスケ目線で始まってるけどイタ誕です。
去年のイタ誕の数年後、兄高3弟中1の頃。
接し方は微妙に変わってるんだけど、でもやっぱりお互い大好きという。
イタチ兄おめでとう!



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