祝膳




 イタチはその場所が好きではなかった。

皆どうしてあの場所へ行きたがるのか分からなかった。

分からないというのは語弊があろう、理解はできるけど共感はできなかった。



 分隊長クラスともなると自分以外は大人ばかり。

暗部での過酷な任務、特に複数の小隊で遂行した大口の任務ともなれば、達成感も大きい。

その達成感の後に大人の男が求めるものと言ったら相場が決まっている。

酒と女。

普段「つかず離れず」を全うし、任務後の打ち上げなどは設けない暗部の構成員たちもその時は色街へ足が向いた。

忍の三禁を犯すといえば大仰ではあるが、単独で出向くこともあれば2、3人で連れ立って行くこともあった。


お前はまた行かないのか、遠慮します、息抜きに少しは遊んだらどうだ、という短いやり取りの末、イタチは本部の裏手にぽつんと残された。

残されたのが自分だけでないことに気付く。

カカシである。

「……行かないんですか?」

親しくないので興味はないけど、一応聞く。

「まあね、お互い様だろ」

カカシもさらりと答えた。

「ま、お前は彼女いるもんな」

またさらりと言いながら、カカシは少し目を細めた。

笑うと普段の近寄りがたい雰囲気はなくなる。

それが分かるとイタチも少しほっとした。

「そうは言ってもこの任務にお前は貢献したしな……ご褒美に何か欲しいものでもないのか? まだこの時間なら店も空いてるだろうし」

「いえ、お気遣いなく」

決して他意はなく、言葉通り謙虚に遠慮した。

それでもこの端正な顔と声で言われると、言われた側はどうしても突っ撥ねられたような印象を受ける。

その上イタチは普段から誰かとなれ合うことがない。

不慣れから来る無表情は、人づき合いを全力で拒んでいるように見えた。

そして、ここで対話は終了するはずだった。


「お前ね……前から思ってたけどそういうのはかわいげってものがないね。何が欲しいか聞かれたら素直に答えればいいんだよ」

意外な返答に、イタチはきょとんとカカシを見返す。

カカシだって明るい方ではない。

幅広い友人関係があるわけでも華やかな女性関係があるわけでもない。

「別に欲しいものなんて」

「じゃあ何か好きなものとか、食べたいものくらいあるだろ?」

好きなものと聞いてイタチの頬がほんの少し上気したのをカカシは見逃さなかった。

あと一歩だ、このかわいげのない後輩の素の顔を暴ける。

「……行きたい場所がない訳ではないですけど……」

「なんだ、言ってみろ」

「……本当にいいんですね?」

「ああ、もちろんだ」

カカシはにっこり笑って頷いた。










「お誕生日おめでとうございます」

そう言って目の前に出された膳に、イタチは目を輝かせた。

膳といってもその内容は西瓜に芭蕉、さくらんぼ、びわ、紫陽花、団扇をかたどった練切、金魚と天の川の水羊羹、ととにかく色とりどりの上生菓子ばかり。

カカシは苦い表情でそれを見る。

妙な好奇心を起こしたことを後悔した。

「なに、今日誕生日なの?」

「ええ」

おしぼりで丁寧に手を拭きながらイタチが答える。

「何も誕生日にオレなんかと…こういうのは彼女と来るもんじゃないの?」

カカシは自分で強引に誘ったことなど忘れて問いかけた。

「一昨日から短期任務に出てるので、もうお祝いはしてもらってます」

繊細で美しい和菓子を眺めながらイタチは嬉しそうに目を細めた。

普段は団子や大福を注文しているので、今日は特別に奮発したのだという。

「つき合って頂いた礼にカカシさんにも同じものが来ますから」

「いや、オレは……」

カカシは苦笑いで席を立とうとする。

そうこうするうちに同じ膳がカカシの前の前まで運ばれてきてしまった。

渋々着席し直すと、観念したようにお茶をすする。

「どうぞ、おいしいですよ」

普段見せないような笑顔で言われて、カカシは楊枝を手に取る。

こんな顔で言われたら仕方ない。

おもしろいものが見られたと諦めて、カカシは和菓子に一口目の切れ目を入れた。











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