譲り葉
「クシナ、この後予定ある? よかったら少しつき合ってくれないかしら」
ミコトに呼び止められてクシナが振り返る。
木ノ葉病院の産科で、何度も2人は顔を合わせていた。
検診の結果を報告し合ったりエコー画像を見せ合ったりしている。
「ほら、クシナさんにご挨拶して」
「こんにちは」
「こんにちはイタチ君、今日もおりこうさんね」
ミコトの陰からひょこっと現れたイタチの頭をクシナが撫でた。
第三次忍界大戦。
長く続いた戦乱の中で、里にも慎ましく身を潜める者がいる。
医療施設を含む一帯の地域は保護区になっているとは言え、気を緩めることは許されない。
妊婦でさえ。
年の近いくの一どうし、ミコトとクシナは気が合った。
母として先輩で、予定日も少し早いミコトをクシナは頼もしく思っていた。
3人が病院を出る時に入れ替わりで搬入された、重症の忍に話が及ぶ。
「私の同期よ。…なんだか申し訳ないわ、私は守られてるっていうのに」
ミコトの表情が曇る。
「申し訳ないだなんて…そんなこと言っちゃ駄目。ミコトはイタチ君と赤ちゃんを守ってるじゃない」
クシナに言われて、ミコトは繋いでいたイタチの手を反射的に強く握り直す。
息子も母を見上げた。
「イタチの時にずいぶん揃えたの。こんなには必要ないからよかったら、って思って」
「いいの?どれもまだ新品じゃない」
うちは家の一室で、箪笥から引っ張り出した山のようなベビー服を広げる。
「全部が新品じゃないわよ、申し訳ないけど。でもきれいなのばっかりだから捨てちゃうのももったいないでしょ?」
「そうね…あら、これいいじゃない。」
その中の1着をひらりと抜き出して、クシナが目を輝かせる。
「昨日ね、名前を決めたの。主人の師匠に立ち会ってもらって…」
主人と聞いて、ミコトの表情がまた少し翳る。
傍でその様子を見聞きしていたイタチも、母の表情の変化になにかを感じた。
「本当に…平和が戻ればいいのにね」
目を伏せたままミコトが言う。
「火の意志を信じていれば報われるわ」
今度はミコトは返事をしない。
悪戯っぽくクシナが笑うと、ミコトも根負けしたようにくすっと笑い返した。
この人は、自分とは違う道にいる。
同じ妊婦でありながら、陽の当たる場所に身を置くこの人が眩しい。
うちは家を後にするクシナを見送りながらミコトは想う。
生まれてくる子たち、そしてイタチ。
彼らには平和な里で、まっすぐ幸せに成長して欲しい。
どうか……
「また来てね」とクシナに手を振ってから、イタチはしっかりとミコトにしがみついた。
「あらあら、どうしたの?」
「心配しないで、母上と赤ちゃんは守ってあげるから」
いけない、子供の前で泣いたら。
不安にさせる。
そう思っても、つい目に涙が滲む。
「ありがとう…」
ミコトもしっかりとイタチを抱き締め返して、泣き顔を誤魔化した。
了
(2009.4)