4.帰り道
期末試験の結果は珍しくサスケを上回った。
「オレだってやればできるんだってば。分かった?」
『分かった分かった』
サクラの個人授業を受けて必死に猛勉強したのには理由がある。
サスケとつき合い始めた時期に臨んだ中間試験は目も当てられない結果に終わった。
放課後はサスケと過ごして、帰宅してからもサスケのことばかりにうつつを抜かしていたのが原因なのは分かりやす過ぎる。
期末でひとつでも赤点を取ったら、冬休みに入ってすぐの移動教室は欠席させると母に言われた。
それだけはどうしてもどうしても避けたかった。
『そんなに行きたいのか? オレはさぼろうと思ってたけどな』
「そんなの許さないってば! 絶対一緒に行くんだからな!」
『…まあ、お前が行くなら行ってもいいけど……』
受話口越しのサスケの声が小さくなる。
ナルトは嬉しさのあまり声を殺して転げ回った。
ホテルに着いたのがお昼前。
サスケと一緒に昼食を取って、ゲレンデに出る前にロッジのみやげ物を少し見て回った。
「ナルト、一人?」
サクラに声をかけられてナルトが振り返る。
「ううん、さっきまでサスケといたけどはぐれちゃったから…すぐ合流するけど」
「そっか」
ナルトとサクラは一緒になってこまごまとしたおみやげを手に取って見る。
これがかわいいそれもかわいい、一緒に買ってお揃いで携帯につけようと、何をしに来たのか忘れるほど夢中になっていた。
ナルトとサクラが盛り上がっている頃、サスケはサスケで別の物をぼんやり見ていた。
観光地のおみやげ売り場によくあるイロモノ菓子類。
『Hしたくなるチョコ』と書かれた袋をつい手に取って見てしまった。
「なんだよお前、そんなモン買うつもりか?」
「効果は眉唾だが、試してみる価値はあるかもしれないな」
いつの間にか両隣りにキバとシノがいるのに気付いて、サスケは慌ててチョコ袋を棚に戻した。
「別にこんなのっ…買わねーよ!」
「無理すんなよ。なんだ、お前も普通の男だな」
「うるせえ!」
キバに肩を組まれて、サスケは赤くなって振りほどこうとする。
「サスケー、なに騒いでんだってば。滑りに行こ?」
サクラと別れてナルトがやって来ると、キバはサスケから腕を離した。
「なあナルト、サスケも普通の男だからよ。許してやってくれ」
「なにが?」
「余計なこと言うな!」
ナルトがキョトンと聞き返すと、サスケはまた慌ててキバを制した。
「いいから来い」
ナルトの腕を引っ張ってロッジの外に出る。
「サスケ、見てこれ。かわいいだろ? さっきサクラちゃんとおそろいで買ったんだってば」
ナルトは携帯をサスケの目の前に突き出す。
10月の花、3月の花とそれぞれ押し花やラインストーンで飾られたストラップをちゃらちゃら揺らす。
「ね? かわいってば」
「ああ分かった、準備してまたここに戻って来い」
「はいはい、分かったってば」
予想はしていたけど、サスケの反応が薄くてナルトは頬を膨らませて答える。
部屋に戻ろうと踵を返すと、「ちょっと待て」と呼び止められた。
「キバに何か変なこと言われても真に受けんなよ」
「変なことってなんだってばよ」
「何でもいいから、とにかく相手にするな」
「よく分かんねーけど……分かった」
せっかく呼び止めてもらって嬉しかった割には、事情が飲み込めなくてナルトは不満そうに答える。
大人しく部屋に戻って、ダウンと帽子を着込んでゲレンデに出た。
「もーっ、待ってってば!」
「遅いぞナルト」
毎年家族で遊びに来るサスケと違ってボード初体験のナルトはサスケについて行くだけで精一杯。
ついて行くどころか、よろめいたり転んだり、サスケに待ってもらってやっとガタガタのシュプールを描いていた。
運動神経には自信がある。
初心者にしてはかなり飲み込みがいい方でもある。
「あっ」
小さなこぶのような山につまづいて、ナルトはそのまま転んで尻餅をついた。
サスケはそれに気付かず、あっという間に遠く見えなくなる。
ナルトはもうサスケを追いかけるのを諦めて、ボードに片脚をくっつけたままごろんと仰向けになった。
晴れた冬空はどこまでも澄んで、夕方の色が射し始めてきている。
「…来るんじゃなかった」
ぽつりと発した一言が雪に吸い込まれていく。
学校の行事とはいえ、一緒に遠出するからにはそれは相当色んな期待をしていた。
手を繋いでリフトに乗ったり、見えないどこかに隠れてキスしたり、体が冷えれば「暖めてやる」と抱き締めてもらったり、夜は一緒に温泉に浸かったり。
(混浴風呂がないから最後のは諦めたけど)
浮き足立っていたのは自分だけと分かると、ナルトは情けなく体を起こした。
滑る人たちの邪魔にならないような場所に落ち着いて、小さな子たちに混じって雪だるまを作り始める。
「これ、我ながら力作だな。似てるってば」
雪の下に埋もれていた落ち葉を掘り起こして、サスケの髪っぽく飾ってみた。
「この野郎、お前がほっとくからいけないんだってば」
そう言いながら雪だるまに2、3発デコピンをくらわせる。
「…………」
数秒間雪だるまと見つめ合ってから、ナルトは目を閉じてそーっと唇を近付けた。
「何やってんだよ」
突然声をかけられて驚いて振り返ると、サスケが不思議そうにナルトを見ていた。
「サ、サスケ…いつからいた?」
「さっきからいたけど」
創作活動に熱中し過ぎていたせいで気が付かなかったけど、ほとんど陽が翳って辺りは夕闇になっていた。
「お前心配するだろ、ちゃんとついて来いよ」
「…ごめん……ってゆーか! だってサスケが先に行っちゃうから…!」
もっと不満を爆発させたかったけど、ナルトは続きを飲み込む。
サスケの心配そうな顔が嬉しくて、それだけで胸が詰まった。
「…一緒に来い、今度はゆっくり滑るから」
サスケに手を引かれて、ナルトは声もなくコクンと頷く。
手を離しても、サスケは本当にナルトに合わせてゆっくり滑り出した。
今度こそサスケから離れたくなくて、ナルトは後れを取らないように必死で追いかける。
そうしている間に陽が落ちて、本格的に暗くなってきた。
集合時間に間に合わせるための時間の余裕はとっくにない。
一部が立ち入り禁止になった、柵で覆われた場所に出ると、サスケは歩を緩めて再びナルトの手を取った。
「わあ……すごいってば……」
眼下に広がる眩しい夜景。
本来コースの一部だったのが、絶景に見とれたものによる滑落事故が後を絶たないため立入禁止に指定された場所。
最高のビューポイントに、サスケとナルトしかいない。
「さっき見つけた。お前こういうの好きだろ」
サスケがそう言うと、ナルトは何度も大きく頷いてサスケの手を強く握り返した。
サスケはその手をもう片方の手に握り替えて、ナルトの肩を引き寄せる。
「ずいぶん冷えてんな」
それはサスケに放っておかれたから…
言ってやるはずだった文句が出てこない。
サスケは今度は、後ろからナルトの体を抱き締めた。
「置いてってごめん…」
頭に寄せられたサスケの頬、耳元に寄せられたサスケの喉仏から声と一緒に振動が伝わってくる。
ナルトは黙って首を振った。
急に優しくされて、言葉と一緒に涙が溢れそうだから。
「どうした? 怒ってんのか」
少しでも動いたら触れそうな至近距離に顔を寄せられて、言わなくても分かる返事を一応する。
「…怒ってない」
最後の「い」を言い切るのとほぼ同時に唇が重なった。
「完全に遅刻だな、飯抜きかもな」
リフトを降りて、手を繋いで歩き出した。
お叱りを受ける覚悟をしながら集合場所であるホテル前を目指す。
またちらつき始めた雪が次第に強くなってきている。
「それでも幸せだってば」
ナルトはサスケの肩にもたれたままうっとりと答えた。
続く