2.膝枕




 つき合い始めて1ヶ月が経った。

休みの度にデートもしたし、サスケのメール無精は相変わらずだけど3日おきくらいに寝る前の電話はしてくれるようになった。

キスも何度もした。

映画館の暗闇で、帰り道の別れ際で、昼休み中の校舎裏で。

言葉にはしなかったけど、いつ誘ってくれるんだろうとそわそわしていた。






「寒いねー、購買行かない? あったかいお茶買いに行こうよ」

体育の授業が終わった更衣室で、制服に袖を通しながらサクラが言う。

サクラの鎖骨の少し下辺りにうっすらと血の滲んだような痕を見つけてしまって、ナルトは思わず固まった。

「ほら早く。休憩時間終わっちゃうよ」

サクラに手を引かれてバタバタと更衣室を出る。

途中でいのを見つけて、合流して購買へ向かった。

「どう? あんた最近。まだサスケ君とつき合ってんの? 早く別れなさいよ」

あまりにも堂々といのが言うので、ナルトは言い返す言葉も見つからない。

「あんたなんかがサスケ君とつき合えるって分かってたら私たちだってもう少し粘ったわよ、ねえ」

そう言ってサクラを見ると、サクラは笑ってお茶を濁した。

いのは快活でサバサバしてて、こういうこともカラリと言ってのけるからまだ気が楽といえる。

サクラにはどう思われてるのかその実よく分からなくて、互いの彼氏の話をすることもあまりなかった。

笑いながらいのとお喋りするサクラをじっと見る。

さっき見たあれがフラッシュバックする。

自分の兄と裸で抱き合うサクラが思い浮かんで、それを掻き消すようにナルトは慌てて頭を振った。








「今日家族みんな出かけてて夜まで帰って来ないんだけど……来るか?」

いつも通り一緒に歩く帰り道で、不意にサスケが言う。

見上げると、ほんの少し赤い頬でナルトを見ている。

「い…行くってば」

「そうか」

繋いだ手がじんわり汗ばんでいくのが分かる。
 
それがサスケに伝わっていると思うと余計に恥ずかしい。

ついに、と思うと今まで期待していたのが嘘のように今度は不安になる。

なんとなく会話が途絶えて、そのまま初めて好きな人の家に足を踏み入れることになった。

「意外に片付いてるんだな」

「意外じゃないだろ」

そう言い残してサスケが部屋を出る。

サスケは普段ここで寝起きしてるんだと思うとおかしな感じで、ナルトは胸いっぱいに室内の空気を吸い込んだ。

すとんと腰を下ろして床に座り込む。何気なく、ベッドの下に手を入れてみた。

「んー……それらしきものはないか…」

何を期待していたのか、ごそごそとまさぐる。

「何やってんだよ」

突然サスケが戻ってくると、ナルトは慌てて「なんでもない!」と正座し直した。

「あ、ありがとだってば、頂きます…」

サスケが持ってきてくれたお茶をごくごく飲む。

家で淹れて冷蔵庫から出したばかりの涼味が、緊張でカラカラに渇いた喉に染み込む。

一気に半分以上飲んでしまって、少し落ち着いてコップを口から離すと、自分をじっと見つめるサスケと目が合った。

「……………」

「……………」

凝視されることに耐えきれずにナルトが遠慮がちに目を逸らすと、サスケは身を乗り出してナルトの唇に吸い付いた。

「ん……」

そのまま抱き締められて、右手は太腿に、左手は制服を分け入って背中に伸びてくる。

「サ…サスケ、もう……?」

「何だよ、まだ待たせる気か」

もう待ち切れないのがサスケの声に現れていて、ナルトは目を閉じてふるふると首を振った。

体を抱きかかえてベッドに座らされる。

爆発しそうな心臓に押されながら、途中まで服を脱いだところでサスケが焦れたようにナルトに覆い被さった。

首筋や耳の後ろに何度も口づけられて、嬉しいのと恥ずかしいのが混ざって体の奥から湧き出してくる。

回した後ろ手にプチンとホックを外されると、白いやわらかな膨らみが弾むように露わになった。

「は、恥ずかしいってば……」

そういえばカーテンを閉め忘れた。

まだ明るい室内で裸にされて恥ずかしがるナルトにはお構いなしで、サスケはその膨らみを両手で撫で上げながら頂上の突起に舌を這わせた。

「…っ…あ……」

ナルトは上ずる声を押し殺すように、枕に頬を押しつける。

ふわりと鼻孔に入り込むサスケの匂い。

大好きな匂い。

もっとサスケを感じたくて、枕を抱き締めるように手を滑らせた。

「ん…? あれ……?」

枕の下に入り込んだ手に何か当たる。

何かと思って取り出してみたら、2包の避妊具。

「……これってば……」

「……それは別に…前もって用意してた訳じゃ……」

気まずそうに照れたようにサスケが口ごもると、ナルトは嬉しそうに笑った。

「嬉しいってば、ちゃんとオレのこと考えてくれてたんだな……」

ナルトにとっては自分のために準備万端にしてくれていたということ。

実際は両親が家を空けると知って、昨日兄の部屋からくすねて来たものだけど。

サスケはナルトの手からそれを拾い上げると、指を絡めてもう一度唇を合わせた。

幸せすぎて目が眩む。

ほとんど脱げかかったスカートの中にサスケの手が忍び入ってきて、いよいよという時。

ガレージのシャッターが上がる音と車のエンジン音。

体を起してサスケが窓の下を窺い見る。

「やべ…帰ってきた」

「えっ!?」

今の今まで夢心地だったのに、いきなり現実に引き戻されたようにナルトも慌てて起き上がる。

2人とも濡れたまま、急いでベッドを離れて朝よりも手早く制服を着直した。

「…おかえり」

「こんにちは、お邪魔してます…」

「あらナルトちゃんこんにちは、いらっしゃい」

挨拶をしない訳にも行かないので一応一緒に玄関までお出迎えに下りる。

「早かったな」

「お父さんが疲れたって言うから予定より早く切り上げて来たのよ」

そう言う内に、後ろから母の買った買い物袋や箱を両手に持って父が入って来る。

そつなく挨拶をしたつもりだけど、不自然じゃなかっただろうか。

違和感を気取られていたらこの先気まずくなってしまう。


「サスケ、オレのことおばさんたちに話してくれてたんだな」

再びサスケの部屋に戻ってドアを閉めながらナルトが言う。

「彼女できたら言えって言われてたからな」

「そうなんだ」

なんとなく分かる気がする。

息子に彼女の話をさせやすい開放的な家庭の空気も、親の言いつけを守るサスケの素直さも。

何より自分を彼女と認めて親に報告してもらえたのが嬉しくて、ナルトは頬を緩ませた。

並んでベッドに腰を下ろすと、飲みかけでぬるくなったお茶を飲む。

いつ母がお茶のおかわりを持ってくるか分からない状況で続きに挑む度胸はない。

仕方なくリモコンを手に取ってTVの電源を入れる。

夕方の再放送のドラマは退屈で、それでも一緒にいたくて惰性で見る。

「明日は確か母ちゃんがヨガ教室の日だったなあ…その後晩ご飯のお買い物して帰って来ると7時近くになると思うけど、来る?」

「いや…別の日にしよう」

TV画面を見ながらナルトが言うと、TV画面を見ながらサスケが答える。

「そっか」

「何だ、そんなに続きがしたいのか」

「バカ!」

意地悪く言うサスケに枕を叩きつける。

サスケはそれを笑いながら受け止めて、ナルトの太腿に頭を乗せた。

突然過ぎて拒む間もなく。

「………」

太腿に感じるサスケの頭の重みが愛しい。

「本当、きれいな顔してるってば…」

頬に触れた指を鼻筋、瞼、額へと滑らせる。

「……やばいな」

「え? なにが?」

「続きがしたくなるな」

目を閉じたまま静かに言う、サスケの声がいつもより甘い。

「……続き、しよ…?」

震える声でナルトが言うと、サスケはうっすら目を開けてナルトを見上げる。

ゆっくり体を起して、ナルトの頬に触れて、そのまま唇を重ねた。

自然に抱き締め合って、サスケの手がナルトの太腿伝いにスカートの中へ入りかかった、今度こそいよいよという時。

コンコンというノックの後、無情にもドアは開いてしまった。

「ナルトちゃん、甘いもの嫌いじゃない?」

爽やかな笑顔でトレーを片手に母が言う。

「えっ……はい、す、好きです…」

慌てて体を離して、ナルトは固まったまま答えた。

「よかった、今日買ってきたロールケーキどうぞ。この子甘いもの嫌いでしょ、張り合いがなくて」

そう言いながらサスケをちらりと見て、トレーを机に置く。

「もういいだろ母さん、早く出てってくれよ」

「はいはい」

母の背中を押して部屋の外へ追い出してしまうと、サスケは赤い顔でベッドにどすんと座り直した。

「やっぱり…今日は諦めるってば」

「ああ」

サスケは心なしかムスッとしてナルトを見ずに答える。

ナルトは半分残念、半分ホッとして拍子抜けした。

「いただきまーす」

そのせいで空腹になったのか、ナルトは呑気にロールケーキを頬張り始めて、切り分けた一口をサスケの口元に運ぶ。

「いらねーよ」

「そう?おいしいのに」

サスケは一層おもしろくなさそうに、ベッドに座った体制のまま上体だけ後ろにごろんと倒した。

「でも…どうせできないなら、サスケが自分でするとこ見せて欲しいってば」

「はぁ?」

「見たいんだってば、ダメ?」

「…何言ってんだお前…見せる訳ないだろ」

両手を合わせて詰め寄って来るナルトを押し返す。

予想だにしないおねだりにサスケはうろたえた。

そんなことをするくらいなら続きをした方がいい。どうせ同じようなリスクを背負うなら。

「じゃあ今度でいいから」

そう言って笑いながらナルトも体を倒して、サスケの肩に頭を乗せる。

「…………」

甘えるナルトがあまりにもかわいくて、クールな自分を突き崩されそうで怖い。

ナルトの肩を抱き寄せながら、サスケの胸中は次回の算段で埋め尽くされた。







続く



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