帰郷




「待たせたな」

「サスケ! おかえり!」

自分の家だというのに泥棒のように窓からひらりと入ってきたサスケに、ナルトは一目散に抱きついた。

ナルトが声高になったのでサスケはナルトの唇を人差し指で軽く押さえる。

「会いたかった…サスケ、会いたかったってば…」

「ああ、オレもだ」

ナルトをよしよししてやりながらサスケが優しい声で答えた。

「ご飯作っといた」

片時も離れたくなくて、ナルトはサスケにしがみついたまま食卓を指さす。

「うまそうだな」

おかかのおむすびが山盛りに乗った大皿を中心に、かつおだしの味噌汁とトマトサラダという至ってシンプルな献立。


サスケに言われたとおり、ナルトは本体のナルトの元には帰らなかった。

時々サスケに渡される生活に困らないだけの資金を頼りにうちは邸で生活している。

あのうちはサスケに囲われている。

羨ましがらない女がいるだろうか。


「本当にこれだけでよかったのか? 豪華なケーキでも焼こうかと思ってたのに」

「やめてくれ」

サスケが食卓の前に座ると、一緒にナルトも座った。

隣にではなく、サスケの膝の上に。

「ナルト、食べにくいだろ」

「オレが食べさせてやるってば」

こうなったら聞かない。

甘え出したらいくらサスケの言うことでも聞かなくなる。

嫌がるサスケの口元に無理矢理「あーんして」とおむすびを差し出した。

「うまい?」

「…うまい」

愛情の塊のようなおむすびをもぐもぐしながら、純粋に嬉しそうにサスケが言う。

その顔を見てナルトは泣きそうなほど嬉しかった。

「幸せってこういうことを言うんだろうな…」

味噌汁をすするサスケの首に抱きついてうっとりと言う。

「金は足りたか? 少ないようだったら遠慮せずに言え」

「ん……あのさ、サスケ…」

サスケに絡みついたままナルトはもじもじと切り出した。

「やっぱり…本体のオレのとこで暮らした方がいいってばよ…で、サスケが帰って来る日だけこっちに来るようにすれば……」

勇気を出して言ったのに、サスケの返事はない。

「それか、ここに住みながらオレも任務をもらえるようにするとか…」

「まず無理だな」

今度は突き放すように冷たく言い返される。

「だったら、せめて生活費くらいは本体のオレに協力してもらった方が…」

半ばムキになって食い下がる。

サスケはつまらなそうにナルトを横目で見た。

「そんなに嫌か、オレに養われるのが」

「ち、違うってば!」

ナルトは焦って体を起こす。

「ほんとは嬉しいってば! ここでサスケの帰りを待つだけでいたいってば…でも……色々難しいだろ……?」

「……そうだな」

サスケは一瞬ナルトの目を見て、視線を逸らしてから答えた。

「お前にみやげだ」

「えっ? 何?」

突然話題が切り替わって、ナルトは気が抜けたような声で聞く。

「空区から持ってきたラーメンだ。珍しいだろ」

どこに隠し持ってたのか、サスケが渡した包みを広げると見慣れないカップラーメンが現れた。

「うまそう! ありがとう…サスケの誕生日なのに……お前だと思って大事にするってば!」

「いや、食えよ。賞味期限近いから」

ナルトの喜びようを見てサスケは少し笑って答える。

「空区ってどこ? 知り合いがいるのか?」

「家族ぐるみで付き合いがあった武器屋がいる。そこの孫娘から手みやげに持たされた」

「そっかあ……」

女の子にもらったのかと少し複雑な心境で、ナルトは手の中のラーメンをまじまじと見た。

「……その子かわいい?」

サスケの返事がない。

「これくれた子。かわいい?」

「ああ」

駄目押しのように質問を繰り返す。

はぐらかされると思ったのに真顔でサスケが答えるので、ナルトは少し焦った。

「かわいいんだ、オレより?」

サスケの襟を掴んで顔を覗き込む。

「何だよいきなり、妬いてんのか。そんなことサクラにも言わなかったじゃねーか」

「サクラちゃんはオレにとっても特別な子だからいんだってば。……そっか、これがヤキモチってやつか……」

真剣にぶつぶつ言うナルトが可笑しくて、サスケはまた少し笑った。

「ごちそうさま、うまかった」

用意した1食分をきれいにたいらげてもらえて、ナルトは笑いながらようやくサスケを解放する。

「すぐ片付けるから、お茶飲んで待っててってば」

空いた食器を持って流し台に向かう。

鼻歌を歌いながら皿洗いをするナルトの後姿をサスケはぼんやり見た。

かつて母がそうしていたように、今はナルトが同じ場所で同じことをしている。

「風呂沸いてるから、一緒に入ろう」

水を止めてエプロンを外しながらナルトが振り返る。

またべったりくっついたまま浴室へ向かった。


「ナルト、頼むから体洗ってる時くらい大人しくしててくれ」

「だってだって、離れたくないもの」

髪を洗うサスケの背中にしっかりしがみついて甘える。

会いたくてたまらなくて、待ち焦がれてやっと会えたのだから。

「なあ、サスケ…」

「ん?」

「オレは一族の復興を手伝うことはできても、サスケのお嫁さんになることはできないんだな…」

突然ナルトの声色が変わって、サスケは背後を振り返る。

垂れてきた泡が入らないように片目を閉じて。

「サスケと結婚できるのは普通の女の子だけなんだってば」

その泡を指で拭いながらナルトが言った。

「なに言ってんだよ」

「オレじゃ、うちはナルトにはなれないんだってば」

そう言って目を伏せてしまった。

あまりにも悲しい表情で、サスケの背中から手を離す。

「…なんかあったのか?」

さすがにナルトの様子がおかしい。

片目を閉じたままサスケが言うと、ナルトは小さく「なんでもない」と首を振った。



 体を洗って浴室を出て、サスケの部屋のベッドに一緒に入る。

いつもだったらうるさいくらい甘えてじゃれついて来る、現にさっきまでそうしていたナルトが別人のようにおとなしい。

サスケに背を向けてじっと動かない。

「何かあったのか」

さっきと同じ質問を繰り返すサスケの気遣わしげな声に胸が痛んだ。

ナルトの返事はない。

疲れて寝てるのかと、サスケも黙って目を閉じた。

沈黙が重い。

旧知の仲ではあっても、異性としてはまだまだ遠い他人なのだと思い知らされた気になる。



「「もう寝た?」」

同時に全く同じ調子で語りかけ合い、お互い思わず固まった。

「な、なんだってば」

「お前こそ何だよ」

おうむ返しにされて、ナルトは膨れたように言葉を押し出す。

「…なんで何もしてくれないんだってば」

「はぁ?」

「誕生日なのに、会えるの楽しみにしてたのに……」

不機嫌な声に振り返って見てみると、ナルトもサスケを見ていた。

「サスケってばオレのこと別に好きじゃないんだな」

そう言いながらついに潤み始めた目をゴシゴシとこする。

「下らないこと言うな、お前がむくれてるからだろ」

「…だって……」

サスケはついに泣きべそをかき始めたナルトの背中を抱きかかえてやった。

「お前今日変だぞ、タマキの話したのがおもしろくなかったのか?」

「タマキっていうのかその子」

「確かにお前の本体もいきなり訳分かんねーことする奴だったけどな」

女のやきもちは取り合い出したらキリがない。

サスケはナルトの言うことは気にせず続けた。

「別にやきもち妬いてる訳じゃねってば、ただオレはサスケになかなか会えなくても我慢してるのに、

サスケはあちこち行っていろんな女の子にも会うし、どうせ行く先々でキャーキャー言われてるだろうし、

そういう普通の女の子がサスケには合うんだろうし、オレのことなんか忘れてるだろうし」

そこまで言ってナルトは思い切り息継ぎをする。

「……って思ってたらなんか…すんげー悲しかったんだってば…」

言いたいことを全部言い切って、サスケの腕の中でしゅんとしぼみ込んだ。

ナルトにそこまで思わせていた罪悪感や憐れみより、ナルトの必死さがサスケにとっては単純に可笑しい。

笑いそうになるのを留めて、ナルトの後頭部に頬を当てた。

「お前を忘れたことなんか一度もないぞ」

落ち着いたサスケの声に、ナルトの耳がピクリと反応する。狐かなにか獣のように。

「ほんとか…?」

「本当だ」

厳密には、サスケが忘れたことがないのは本体のナルトだけれど。

そうとも知らずにナルトは心底安心しきって脱力した。

本当に、悔しいほどこの声が好きでたまらない。

「悪かったな、ほったらかしにして」

続けて言われて、ナルトはぶんぶんと首を振った。

そうかと思うとゆっくり体の向きを変えて、しっかりとサスケに抱きつき直す。

ふわりと唇を重ね合って、サスケの両手がナルトの寝衣に忍び込んだ。

「待って、もう少しこのまましてってば」

もう十分待たされたのに。

仕方なくサスケはその体勢のまま動きを止めた。

「こうしてるだけで十分幸せだってば」

ナルトはうっとり言うけど、サスケにとっては冗談じゃない。

ズキンとどこかが疼いて、軽く痛む。

「サスケ、おめでとう」

「…ああ」

ナルトの気が済んだら、あとで思い切り啼かせてやる。

じれる痛みを隠して、サスケは平気なふりで答えた。










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