箱 | ナノ


「じょーたろーさん!じょーたろーさん!おはようございます!今日もお元気そうで何よりです!!」

「うっとおしい、ひっこんでなチビ」

「はっ、もしかしてじょーたろーさん、私が歩道側を歩いていたからわざと左側に…!?さっすがじょーたろーさん!紳士の玄孫ですね!感動です!!」



黒い大きな背中を追いかけるようにしてポニーテールの少女が小走りで着いて行く。
その姿はさながらカルガモの親子のようだ。だが、実際は追いかける承太郎の長身のせいで子犬が構ってほしくて周囲で騒ぎ立てているようにも見える。

彼女の名前は名前。
彼女はいわゆる俺の幼馴染というやつで、幼いころから俺の後ろを着いて回ってきた。俺が学校に行こうとすれば名前はいつでも朝に俺よりも先にでて待ってるし、俺が遊びに行くなら名前は必ず着いてきた。俺に比べて背の小さい名前に俺がどんなに怪我をするから着いてくるのをやめろと言ったところで聞かなかった。聞けば「じょーたろーがどこに行くのか気になったから」らしい。なんだそれは。
高校に入って俺が不良になった時も、周りが俺を恐れて離れて行く中で名前は変わらずに接してくれた。むしろ「さすがじょーたろーさん!かっこいいっす!」と目を輝かせていた。この頃から何故か「さん」づけになったのは頂けなかったが、直せと言っても頑として譲ろうとしなかった。

幼かった頃からこの目立つ容姿のために付きまとって来る女子が苦手だったが、そいつはいつでも俺の味方だという安心感があったし別に名前であればどんなに近くに居たところで気にならなかった。名前のそれなりに通る声はたまに喧しいとは思うが、名前だからこそ許せた。こうして楽しそうに俺の名前を呼ぶ名前を転ばないように近くで見守ってやるのも悪くないと思っていたからだ。

いつしか名前が俺の後ろについて回るのが当り前になっていた。
今回の命がけの旅だって、名前はスタンドが見えないというのにSPW財団への連絡係として着いてきた。

最初のうちは幼馴染の名前に対して親愛を抱いているものだと思っていたんだが…それはどうも違うらしいと最近になって気がついた。



「よー名前、まぁた承太郎にくっついてるのか?」

「ムッ、出やがりましたね!ポルポルさん!私は誠心誠意じょーたろーさんに遣えているだけなのです!変な勘繰りは禁物なのです!!」

「本当かぁ〜!?男女が仲が良いっていうレベルじゃねえだろ、承太郎と名前は」

「それはポルナレフが脳内ピンク頭だからじゃあないのか?」

「かきょういんさん!!」



名前にイライラし出したのはいつごろからだったのだろうか。

先程の“遣えてる”発言もそうだ――この旅に着いてきてから名前のその従者っぷりに拍車がかかった。もともと俺にへりくだるような態度をとったりする事はよくあったが、ここにきて異常なまでに名前は俺達に遣えるようになった。
いくら家がSPW財団の創始者の養子の子(ややこしい)で、俺達空条家――いやジョースター家に恩義を感じているからとはいえ、これは行きすぎなような気がする。

それに花京院やポルナレフとの距離が近い。花京院が来た事に喜色満面で俺の傍から離れて行く名前に苛立ちがこみ上げる。



「花京院、お前もそうは言うけどよ、実際こいつらこんなに距離が近いってえのになんにもないとかおかしいだろ!?俺にはこんなふうに女の子に寄られたことねーぞ!?」

「それはポルナレフが下心丸出しでナンパしに行くからだろ…」

「そーだそーだ!それにじょーたろーさんはみんなにモテモテです!ポルポルはその電柱頭をどうにかしてから出直してこいって感じだもんね!」

「お前ら…少しは年上を敬うってことを覚えたらどうなんだ…」



花京院は仲間だ。SPW財団の使者としてアイツがサポートするのは俺だけじゃなくあいつらも含めて全員の事だというのに、アイツが傍に居ないこと、それだけで苛立ちが抑えられない。
名前は花京院にも着いて回るようになった。この前のイエローテンパランス戦の時だって、俺にくっついてこずに花京院とのんきにお茶会なんてしてたらしい。そのころから妙に二人は親しげになった気がする。ずっと俺にべったりだった名前がこうして他の誰かになつくことは、俺にとっても喜ばしいことなはずなのに、素直に喜べない自分がいた。

俺は一服しようと制服の中を探ろうとして、名前に全て預けていた事を思い出して舌打ちした。俺が舌打ちした事に気がついたのか名前がこちらに振りかえる。



「どーしたんですか?じょーたろーさん、何か入用なものでもありますか?」

「いらねえ」

「でもイラついているのなら煙草…」

「いらねえっつってんだろ」



俺から不穏な雰囲気を感じ取ったのか名前はそれ以上何も言わなくなり、戸惑いがちに地面の方を見つめた。
いつもなら俺がどんなにうっとおしがっても馬に念仏と言った有様で、いつも底抜けに明るい笑みで俺に向かってくるというのに、なんだその顔は。俺は、そんな顔をさせたかったわけじゃあなくて。

初めて喧嘩したガキみたいに何も言えなくなって、俺はそこから逃げ出すように再度舌打ちをして立ち去ろうとすると、名前が慌てて俺の名前を呼ぶ。



「…分かりやす過ぎるだろ、承太郎」

「? なんか言ったか花京院」



☆ ☆ ☆ ☆



「じょーたろーさん!私、なんか気に障ることでもしてしまいましたか?ねえ!じょーたろーさん!」

「…うるせえ」



正直、俺はこいつをどうしようと思っているのか。
冷静になって考えてみたら、俺は名前に早く独り立ちしてほしいと思っている。今までの人生の中でこいつが俺にベったりだったことは、アイツにとってのマイナスにもなっている。不良の俺といる事で名前に嫌がらせする輩も増え、アイツが高校での女友達がいない事だってきっと俺のせいなんだろう。はっきり言ってアイツが恩義を感じてる云々は、俺にとってはどうでもよいことだ。
俺があいつのためになっているとは思わない、アイツは俺の為に俺の傍に居ると言うが。

俺が何も言わずに名前と目を合わせなったからか、小さな泣き声が聞こえ出した。
いつもの通る声は小さくしぼんでいる。



「ぅう、ごめん、なさい…じょーたろーさん…うっうえ…」

「わ、たし…何も、できないから」

「かきょう、いんさんみたいに、スタンドも、もってないし…、かっこよく、じょーたろーを助けられ、ないし…、でも…」

「じょーたろー、置いて、行かないで」



――そんな建前も取っ払って、俺の傍にいてほしいなんて傲慢だろうか。

俺はその小さな体を閉じ込めるように抱きしめた。
前から知ってるこいつの匂いに角の立った感情が急速になりを潜めていく。



「置いて行く訳ねえだろ」

「ぅえ?」

「別に迷惑じゃねえ」



こいつもこいつなりに不安だったのだ。俺や花京院のようにスタンドを持っている訳でもなく、じじいの様に波紋を扱えるわけでもない。
自分なりにできる事を探して必死だったのだろう。それが俺に“遣える”なんて馬鹿なことを思いついたのだろう。



「黙って着いてこい、泣いたって引きずって行くから安心しろ」

「…うん!一生着いて行きます!じょーたろーさん!」

「おう」



先程の涙にくれた名前の顔はなく、晴れやかないつもの笑顔が顔を出した。



=====
続くかも?



戻る