×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



 席替えはわたしたち学生にとってビッグイベントだ。一番後ろか、教卓の正面か、廊下側か窓側か。たったそれだけで、向こうしばらくの生活が天国にも地獄にもなり得る。どうかお願い神様、今回こそ、今回こそは! 

 がこがこと机と椅子を移動させる学活の時間。この作業、地味に大変でちょっと嫌いだ。結論から言うとわたしが手に入れたのは、天国――に程近い場所。狙っていた一番後ろの窓際の、お隣だった。わたしが密かに主人公席と呼んでいるその席を手に入れたのは、一度も喋ったことがない怖い顔の男子。その子は既に席の移動を終え、頬杖をついて窓の外を眺めている。うらやましい……ではない、やってしまった。
 席替えは場所だけでなく、仲が良い子、ひそかに好意を持っている男子、あるいはちょっと苦手な人、だれと隣になるかでも天国と地獄が生まれる。せめて女の子であれば、授業中にこっそり話しかけることとかも出来ただろうに、男子かー! 仲良くなることへのハードルが、ちょっと高い。

「あのー……これから宜しくです……みょうじです……」

 自分の口から出たのが想像以上に小さな声で驚いた。しかし、聞こえなくても良いと思いながら言った言葉だ。相手に聞こえていなくても、挨拶だけはしたという一応の大義名分をつくるためによく使う手だった。机を移動させ終えたわたしは席に座り、隣に座る男子の姿を横目でちらりと盗み見た。
 知念寛くん。背が非常に高く、非常に細く、前髪が白いという、目立つ特徴のオンパレードのような男の子。これといって目立つ要素がひとつもない地味なわたしと相対する存在だった。彼はまだ窓の外をぼんやり眺めている。先ほどの挨拶は狙い通り、知念くんの耳には入らなかったらしい。
 まだ全員の移動が終わらない。この何をしていたら良いのか分からない時間が苦痛で仕方がない。ふいに友達のほうへ目を向けると、隣の席になった子と楽しそうに笑いあいながらアドレスの交換をしている。正直これはつらい。

「うう……早く終わって……」
「同感さぁ」
「えっ、えっ」

 知念くんがこちらを見ている! 知念くんが!
 緊張で喉がつっかえて、言葉が何も出てこない。ここで何か楽しい気の利いた返答でも出来ればいいんだけど! わたしが焦ってもたついていると、知念くんは再び窓の外へ目を向けてしまった。ほっと一安心。けれど、わたしは早速会話する機会を棒に振ったのだ。ふがいなさに涙が出そう。やっぱり今回の席替えは、最悪だ、地獄だ。

 初夏の暖かい日差しを浴びながら席にただ黙って座っていると、否が応でも睡魔が襲ってくる。昨日の夜は深夜のロードショウを見ていたらうっかり明け方になってしまったので、ほとんど眠れていない。このまま突っ伏して少しだけ寝ちゃおうかな、幸運なことに次の授業は社会だ。居眠りしていても優しく見逃してくれる先生が担当だし、叱られることはたぶんないだろう。
 と、真隣から聞こえた大欠伸。視線を遣ると、知念くんがその長い腕を高く伸ばしわたしと同じく睡魔に襲われている様子であった。欠伸のせいで涙が薄っすら滲んだ知念くんの目と、目が合う。

「す、すごい欠伸だね」
「……変なとぅくる見せちまったさー、わっさい」
「いやあの、良いんだよ、気にしないで……。……ね、眠いの?」
「でーじ。あんま寝れんくてよ」
「あ、わたしも……テレビで映画やってたから、見ちゃって」
「……『サスペリア』か?」
「え! どうして分かったの」
「わーも見てた」

 片方の口角を持ち上げて、知念くんは笑った。
 遠くから見てて、なんだか怖い人だなあと思っていた。背が規格外に大きい異性というだけで、正直恐怖の対象だ。けれど微笑んだ知念くんの顔は、なんというか、普通の男の子というか、それ以上? っていうか。知念くん、もしかして造形は寧ろすごく整っているのかも。
 わたしの心臓、何でいま、きゅんとか言ったんだ。

「こ、怖くてあんまし寝れなくて」
「ああ、あぬ興奮や寝れなくなっても仕方ねーらん」
「興奮……?」
「日常では味わえない狂気、恐怖。ホラー映画の醍醐味さぁ……しに興奮するばぁ」
「は、はあ……」

 もしかすると顔は綺麗なのかもしれない。だけど、変な人だなあ。
 でも、同年代の男の子の口から『興奮する』なんて言葉を聞いて、ちょっとどきどきしてしまう。語っているのはホラー映画のことなのにね。そしてまた途切れる会話、知念くんは昨日の映画のことを思い出しているのだろうか、うっとりと瞼を落としている。――いや、待て。

「知念くん」
「っ、あが」

 机についていた片肘が外れ、知念くんの頭を支えていた腕が崩れると知念くんははっと目を開きちょっとした間抜けづら。あ、やっぱり寝てたんだ。……ホラー映画の興奮を語りながら寝落ちしたってこと?

「……寝てた」
「見たら分かるよ」
「……ーぶい」
「わたしも、すごく眠いよ」

 いよいよ睡魔さんに本気で襲われているのだろう。知念くんの表情はぼんやりとしていて、普段はぎょろりと周囲を見下して威嚇している(ように見える)双眸は半分閉じられかけていた。それでも彼は、やはりうつくしいかたちをしているなあ。
 もうクラス中が新しい席順になったというのに、担任教師は職員室に何かのプリントを取りに戻ったまま帰ってこない。お日様のにおいがする温い風が、教室から廊下を吹きぬけた。

まじゅん一緒に、寝る?」

 そうだねと口を動かすのすら億劫で、わたしは首をちいさく縦に振った。
 最悪の席替えだなんてとんでもない。
 わたしはきっと、天国を手に入れたのだ。



(まどろむ者たち)
企画『美青年』さまへ提出