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未成年の喫煙・飲酒描写があります
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 煙草なんて本当は吸いたくなかった。不味いし。
 そう言いながらみょうじは缶酎ハイを一気に呷り、気管に入ったらしく何度か咽せた。

 委員会活動の一環で校内の一斉清掃を行っていた時、校舎裏で煙草の吸い殻を見つけた。先生に報告したらきっと厄介な問題になるだろう。吸い殻を拾い集めてティッシュに包み、ゴミ袋に放り込んだ。酒を飲んでいるヤツは何人かいることを知っている、土地柄大人も飲酒に寛容なのだ。俺は一切やらないけれど。煙草を嗜んでいる人間が校内にいるのは、さすがに知らなかった。

 吸い殻を落として行った犯人を見つけたのはそれからほんの数日後。てっきり男子生徒の仕業だと決めつけていたが、紫煙を立ち上らせるその姿はどう見ても女子生徒。おい、と後ろから声をかけるとソイツは肩を振るわせて振り返った。
 殆ど誰も来ない、外階段。踊り場から外を見下ろし新しい一本へ火をつけた所を偶然発見したのは昼休みも終わりかけの頃、本当に偶然だった。


「びっ……くりしたー」
「えぇ、煙い」
「ごめんごめん、煙いかないように気をつける」

 人差し指と中指で細い煙草を挟み、小さな口から煙を吐き出す。その唇を無意識に注視していて、ぼんやりと記憶の扉が開く。ああ思い出した、こいつは、みょうじだ。入学式から大遅刻をして、それからも度々遅刻と無断欠席を繰り返し、教師から説教や呼び出しを受けているのを頻繁に見かける。度々顔や腕に青あざを作って登校してきては、他校の生徒と頻繁に喧嘩していると囁かれている。まさしく問題児、という言葉がぴったり当て嵌まる、平古場や裕次郎と同じクラスの女子だった。

「いつもくまーここでぃ吸ってるんばぁ?」
「誰も来ないからね、この場所。お気に入りなんだー」

 校舎裏はヤンキーみたいなのがいっぱい居て怖いから近寄れなくって、とみょうじは煙を吐き出した。校舎裏に近付けない、ということは、この間見つけた吸殻はこいつが捨てたわけじゃないのか。というか、ヤンキーみたいなの、に自分は含まれないのか? 階段に腰を下ろすと、老朽化しはじめている鉄製のそれはぎし、と一瞬嫌な音を立てる。それを聞いて振り向いたみょうじは大きな双眸を丸くして、どっか行かないんだ、とぼやいた。

「どっか行った方が良いか?」
「今までここに来た人も何人か居たんだけど、みんな私となんて関わりたくないらしくってさー。すぐどっか行っちゃったから」

 みょうじの足下に置かれたスクールバッグ。ジッパーは開きっぱなしにされており、その中には飲み物の缶が数本。教科書やノートは一冊も入っていない、呆れた。こいつは学校に何をしに来ているんだ。というか、鞄を持ったままということはこいつはまだ今日登校してきて一度も教室に行っていないのか。

「……やーも充分不良扱いされてるからな」
「心外! めちゃめちゃ健全だよ、私」
「うりも、くりも。全部むる健全なやつはやらんだろ」

 鞄と手元の煙草に視線を流して言ってやると、それはそうか、とみょうじは徐に煙草の火を手すりに押し付けて消し、踊り場の角に設置してある消火用バケツに投げ入れる。誰が掃除すると思っているんだ。

「吸うならせめて片付けていけ」
「ありゃ、ごめんー」
「わーは美化委員やし。やーが煙草吸っても知らん、うりや風紀ぬ仕事さぁ。やしが吸い殻を放ったらかされると、問題になるだろ」
「次からそうする、迷惑かけてごめんね、えーっと……風紀委員くん」

 知念、と短く伝えると、「そっか、私はみょうじなまえっての。よろしくねー」、と鞄の中を漁りながら反省の様子もなく返された。きっとこれからもこいつは態度を改めることはないんだろうと、既に何となく分かる。みょうじは鞄から缶を二本取り出し、そのうちの片方を俺に投げて寄越す。空中で受け取りよく見てみれば、ジュースだと思い込んでいたそれはコンビニで安価に陳列されている酎ハイであった。

「……っおい、くり……やーどうして……」
「どうして? みんな飲んでるよ、そのくらい」
「……わーはいらん。返ーす」
「ありゃまー」

 俺が煙草を糾弾しなかったのを良いことに、酒まで勧められた。他人がやってるのを見ても別に止めてやる義理はないが、自分もやるかと言われたら話は別だ。缶を押し付けるように突き出すとみょうじはそれを受け取って、再び鞄の中へと戻した。

「知念くんは真面目なんだね!」
「別に普通だろ」
「まぁ、家では飲んでるんでしょー?」
「飲んでねぇらん」
「どうだかねー」

 発泡する小気味よい音が弾けて、みょうじは慌てて缶に口をつける。鞄の中で散々振られたであろうそれは中身がだぱだぱと溢れ、赤茶に錆びた足場が濡れた。缶を大きく傾けて喉をひとしきり喉を鳴らすと、ポケットから小箱を取り出し、中から煙草を一本取り出す。随分長いあいだ何度も繰り返してきたであろう、手馴れた仕草だった。


「煙草なんて本当は吸いたくなかった。不味いし」

 そう言いながらみょうじは缶酎ハイを一気に呷り、気管に入ったらしく何度か咽せた。言っていることとやっていることが完全にちぐはぐだ。みょうじはどちらかといえばあどけない顔をしているし、中学の制服を着た女が片手に煙草、片手に酒。じゃあやめろと言いたかったが、手すりに腕を置いて海を見つめる横顔に、俺は言葉が詰まってしまった。


「でもこうでもしないとやってられなくってさ。情けない話だけど、うち結構荒れてて。母さんは去年出て行っちゃったし、父さんは私のこと、出来が悪い不良だっていつも怒ってんの。私がどうしようもない子どもだから、母さんも愛想つかしちゃったんだって」

 みょうじは煙草に火をつける。
 桃色の可愛らしいライターだった。

「じゃあホントにどうしようもない不良になっちゃおうって思ってさ。って言ってもどうやったら不良になれるかなんてわかんないし、とりあえずお酒と煙草かなーって。……安直かなあ? 私やっぱ馬鹿だよね」

 昼休みの終わりを告げる鐘が鳴る。
 その場を動く様子を見せないみょうじに、踵を返した。早く教室に戻らないといけない。けれどその考えに反して、俺の足の動きは何かが絡み付いているようにひどく緩慢だった。波の流れに逆らって歩いている時のような、抗えない重み。

「ねえ、知念くん。よかったら、また、来てくれる?」

 みょうじの声が、助けを求めているように震えていた気がする。煙草の煙と、溢れた酒と、いつか見た青あざだらけの顔と、その言葉。
 俺は背を向けたまま頷き、一人で教室へ歩を進めた。
 またあの場所に行くかどうか、考えながら。



(臆病者はどちらだ)
title 「東の僕とサーカス」さまより