白髭海賊団にも慣れてきた頃のイソは雑用を任されるようになった。
まあ、四日も居ればある程度の場所は自然と覚えるだろう。
そんなイソは今、水を撒き薄汚れたモップで甲板磨く。
鴎が鳴く爽やかな昼時だった。





爽やかな汗をかくイソと反して周りの船員はむさ苦しい汗をかいている。
ぽたぽたと床にこぼれ落ちる汗が水と混ざる。
他愛もない会話を交わしながら船員と共に中腰で掃除に精を出すイソは腕で汗を拭い腰を上げる。
休憩を挟みながらも長時間同じ体勢での掃除はかなり腰に来る。



「おーい、お前ら!休憩にするぞ〜!」



そろそろ辛いぞ、と思っていたところに丁度エースの声がした。
イソは床からそちらに視線を向ける。
他の船員達は我先にとエースに駆け寄ると、差し入れのペットボトルに手を伸ばす。
イソもそれを取りごくりごくりと喉を上下させて手摺りに凭れると、すぐ隣に誰かが立つのが見えた。
顔を上げると、そこにはエースが居た。



「お疲れ」
「結構きついですね、掃除」
「だろ?出来れば皆したくねぇよ」



かははっと乾いた笑いを見せるとエースも飲み物をごくりと飲んだ。
この炎天下だ、休憩したいのは皆同じだ。
しかし掃除が終わらなければならない。
10分程休憩するとエースが腰を上げて「休憩終わり!」と声を張り上げる。
船員達の不満気な声があちこちから上がるがそれらを一蹴りしてすぐに掃除の続きを促す。



「暑ぃけど、あと少しだ。頑張れよ。」



ぽんとイソの頭を軽く叩くとエースはどこかへ行ってしまった。
イソは立てかけたままのモップを手に取り掃除を再開した。
船員達の汗が床に落ちる。





暫くモップで掃除をしていたイソは船員達の浮き足だった声で周りを見渡した。
どうやら掃除の終わりを告げる歓声のようだ。
ぽたりぽたりと滴る汗を拭い汗を吸ったTシャツの裾を絞る。
汗を流してこいとの勧めにイソは素直に従いナース達が使うシャワー室を訪れた。



「シャワー使わせて貰います」
「ごゆっくり〜」



部屋で雑誌を読んだりカップを傾けたりするナースに声をかけると、一人のナースがイソを見て笑顔を浮かべた。
シャワー室に入り衣類を脱いでコックを捻る。
ナース達とはそれなりに良好な関係を築けている、とイソは思っている。
特にこれと言って仲が良い訳ではないが、悪い訳でもない。



「疲れた・・・」



シャワーの音にかき消されるその呟きは益々疲れを感じさせる。
昼の眩しい太陽に加えて炎天下だ。
じとりと嫌な汗が背中を流れたのを思い出すとぞくぞくする。
ベリーの匂いが心地よいボディソープはナース達が使っているものだ。
あんな大人の女性と同じ匂いを纏わせるのを少し恥じるイソは未だ少女だ。



「・・・ふう」



泡を流し終え体を拭き衣類を身に纏う。
ベリーの匂いも一緒に纏ったイソはそのまま自室へ戻るが、途中、マルコが黄昏ているのを見つけた。
隠しもしない足音にマルコがちらりと視線を寄越すとイソはにこっと笑う。



「黄昏ていますね、マルコさん」
「ああ、俺だってたまにはこーんな気持ちにもなるよィ」



水平線を見つめぼーっとするマルコに倣ってイソも視線を水平線へと向ける。
オレンジ色の太陽が半分程顔を隠し、陽炎で水面が揺らめいて見える。
この景色を見ていると、何処か遠くへ行ってしまいそうで、少し怖い。
不意に、マルコの方を仰ぎ見る。
マルコは心ここに在らず、といった風で、瞬きをしない。



「遠くへ・・・、行けそうですね」
「ん?どうした、嬢ちゃん」
「ちょっと悲しくなっちゃって」
「そりゃ、若いねィ」



口の端をほんの少しだけ持ち上げる笑い方。
憂いを帯びたそれに、心が遠くへ離れていくような気がした。
メランコリーな気持ち、と言ったところか。
水平線を見つめていると、マルコが手摺りから体を離した。
イソの背中をぽんと叩くと、視線を交わしていつもの意地悪な笑みを浮かべる。



「そろそろ夕食の時間だろィ?」
「もうそんな時間ですか?」
「行くぞィ」



ポケットに両手を突っ込み、小気味良い足音が響く。
イソもそれに続き、食堂を目指す。


オレンジ色の太陽が、完全に顔を隠した。

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