数日を待っても白と再不斬が帰ってくる事は無かった。 白と再不斬を待つ煤江は一人寂しく小屋で待っていた。 数日程帰らないと言われてから一週間が経った。 いつもなら「帰る」と書かれた文が送られてくるが、未だに送られない。 嫌な予感に胸がざわつく。 「・・・まだかな」 小鳥が囀り、木々のざわめきが大きくなる。 腰を上げて窓の外を見れば、いつもと変わらぬ景色が広がる。 「白、さん・・・」 窓に手をついてぽつりと呟く。 吐いた息が白く窓に張り付いた。 「帰ってきて」 空に消える言葉は、まるではらりはらりと舞う雪のように頼りなく、姿を消してしまうものだった。 暫く窓の外を見てボーっとしていると、不意に煤江は腰を上げた。 雪が、降り出したのだ。 「・・・白さん」 胸騒ぎを覚えた煤江はついに小屋から出ると、駆け出した。凸凹の激しい砂利道を走り、自身が生まれ育ち、離別した里をぐるりと見渡すとすぐに引き返し、別の場所を探す。 息切れを起こし少し休憩するとすぐに駆け出す。 霧が視界を狭め、降る雪の量が途端に増した頃、煤江はついに白と再不斬の姿を見つけた。 「白さん!再不斬さん!!」 地面に並んで寝転がる白と再不斬に一目散に駆け寄ると膝をついて顔を覗き込む。 白の白い肌が更に真っ白になり、再不斬は荒い息を吐いていた。 「な、なにがあったんです!」 「・・・煤江・・・、」 白い息が空中で散り、雪のように舞った。 再不斬の手をとり、ぎゅっと握りしめると煤江は再不斬の体を見る。 すると、白い景色には似つかわしくない真っ赤なそれが目に入った。 「・・・すまない」 「なんで謝るんですか?ねえ、再不斬さん。答えてくださいよっ」 冷たくなる肌に、青白くなる顔。 必死になって再不斬の腕を温める煤江は目に涙を溜めて荒々しく問い質す。 「白は、最後までお前を、」 「最後までなんですか」 「・・・想っていた」 力なく声を出す再不斬はもう虫の息で、喋るのもしんどそうにしていた。 おいおいと泣き出した煤江を優しく見つめると、ゆっくりと目を閉じた。 「ざ、ざぶざさん・・・?」 上下しない胸に、失せた色。 冷えた腕に縋るが反応は無い。 再不斬から体を離すと隣に横たわる白に手を伸ばす。 再不斬より冷えた肌をすっと撫でるが再不斬と同様に反応は無い。 「白さん・・・、せめて、声だけでも聞かせてください・・・、ねえ」 悲痛な声が響く。 はらりはらりと降る雪が煤江の体を冷やした。 小屋へ帰った煤江は白と再不斬の遺品を手に持っては元の場所へ戻した。 ベッドに寝転び、シーツに顔を寄せると再不斬と白の匂いがした。 椅子も食器も雑貨も、全てに思い出が詰まっている。 「・・・寂しいですよ、ねえ」 優しい声を思い出しては涙を流す。 二人の存在がこれほどまでに大きいとは思ってもいなかった。 大切なものは失って気付く、と言うが、まさかここまでとは。 煤江は静かに涙を流してベッドに体を預けると目を閉じた。 目を開いた煤江はいつもと同じ景色を見ていた。 天井も壁も照明も、全てが同じだ。 ただ一つ、違うとしたら、居るべき存在が無い事だけ、だろうか。 「・・・おはようございます」 二人の居ない空間に話しかけ、体を起こすと小屋の中を動き回る。 里で過ごしていた頃は、こんなに楽しくなかった。 母と二人きりで同じ事の繰り返し。 「今日も雪が綺麗ですよ」 二人が写る写真に話しかける。 自然と笑みがこぼれてしまうのは、仕方のない事だろう。 服を着込み山へ出ると、そこには雪化粧を施した木々が生い茂る。 「今日も寒いね」 はあ、と吐き出した息が真っ白い。 一人静かに野草を摘み、家へ帰って料理をし、食べる。 里に居た頃と変わらない生活を送っていた。 「白さん、再不斬さん。私、幸せですよ。ここで一生を終えるのも悪くは無いですね」 写真立ての中の二人がこちらを見ている。 あの頃の幸せな日々を思い出して、煤江はふわりと微笑んだ。 煤江は生涯、山から下りる事はしなかった。 雪が降る日も 花が咲き乱れる日も 台風が吹き荒れる日も 紅葉が美しい日も この山の、この小屋で 生涯一人で過ごし続けた。 6/6 |