転校して2日目。私は昨日の帰りに弥生と一緒に買ったハンカチをいつ柳生くんに渡そうかと悩んでいた。同じクラスだから普通に渡しにいけばいいのだろうけれど、授業の合間の短い休み時間には柳生くんはきっちりと次の授業の準備をしていて忙しそうだった。それになにより今日はクラスの女の子たちに囲まれて私も思うように身動きがとれなかったのだ。
囲まれて話題に上ったのは転校する前の学校のこととか転校の理由とか昨日の私の恥ずかしい失敗のこと。失敗のことは恥ずかしいからあんまり思い出したくはないんだけどなぁ。


「石橋さん、お昼休みに転んで柳生くんに起こしてもらってたでしょ」


1人の女の子がそう言った。私はあれも見られていたのか、と恥ずかしくなったけれど、他の女の子たちはざわつき始める。その理由が分からずに私が首を傾げると転んでいたところを見ていた女の子がこっそり教えてくれた。


「柳生くんて人気あるの。男子テニス部のレギュラーなんだけど、全員人気高いんだ」


その言葉を聞いて私は1人納得する。人気があるから女の子たちがざわついたということと、柳生くんが人気があるということに。顔もきれいだし、紳士だし、あれで人気ないって言ったらおかしいよね。


「あ、石橋さんの隣の真田くんはその男子テニス部の副部長なんだよ」


それには少しだけビックリしてしまった。真田くんに人気があることがじゃない。昨日弥生以外で私が話した2人が人気のある人だったっていうことにだ。すごい偶然!でもまた私は1人心の中で頷く。だって、2人ともとっても優しい人だったから。


―――――☆


「で、まだ渡せてないわけ?」
「うん」
「うんじゃないよ!じゃあ、なんでここで普通にお弁当食べてるわけ?」


そう、正午から30分くらい過ぎた今もまだハンカチを渡せないままだった。それなのに昨日と同じように中庭で普通にお弁当を食べている私を弥生がするどい目で見ている。だって弥生と約束してたから…と言えば、早く食べて渡しにいきなさい!って怒られた。だから食べるスピードを早める。てっきり弥生もついてきてくれるのかと思ったのに弥生の食べるスピードは変わらない。それを言ってみたら「甘えない!ついてくわけないでしょ」と一言。そうですね、はい。
急いでお弁当を食べてから弥生と別れて柳生くんを探すために校舎の中に入る。どこにいるのだろうか。とりあえず、まずは教室に帰ろうと思った。けれど、その途中で柳生くんのことを見つけることができたのだ。なんていいタイミングなんだろう、と思い名前を読んで駆け寄った。図書室からの帰りなのだろうか、本を数冊持った柳生くんが振り返る。


「おや、石橋さん。どうされたのですか?」
「あ、ええと…、昨日はありがとうございました」


昨日一生懸命選んだハンカチを両手で持って差し出した。柳生くんはそれを見つめて困惑した表情を浮かべている。もしかして迷惑だったかな?不安になってしまった私は小さな声を絞り出す。


「あのね。柳生くんは返さなくていいって言ってくれたけど私の気がすまなくて…」
「なんだか逆に気を使わせてしまいましたね」
「ううん。転校初日に転んで恥ずかしくて起き上がれなかった時に、柳生くんが起こしてくれたのが嬉しかったんだ。柳生くんが手を貸してくれたから私は起き上がれたんだよ。だからそのお礼も兼ねて…」


私がそう言ったらふわりと柳生くんが優しく笑ってくれた。そして、ハンカチを受け取る。私もそのことに安心して、嬉しくて笑う。2人のありがとうございます、という声が重なった。


「なにしとんじゃ、柳生」


2人で笑いあった時に知らない男の子が柳生くんの肩にもたれかかった。その人の銀色の髪が柳生くんの肩できらめく。私は知らない人が突然現れて自然と身構えてしまっていた。


「あぁ、仁王くん。えぇ、色々とありまして」


柳生くんは右手で眼鏡の位置を直しながら話す。どうやらこの銀髪の男の子は仁王くんというらしい。私は自分の立ち位置が分からずにそのまま固まってしまう。そんな私のことを柳生くんがこっちに手を向けて仁王くんに紹介し始めた。


「この方は昨日私のクラスに転校してきた石橋真奈美さんです」
「ど、どうも」
「そして、こちらが私と同じ部活の仁王雅治くんです。テニス部なのですがダブルスを組んだりもするんですよ」


どもりながら頭を下げた私に今度は仁王くんを紹介してくれた。テニス部だったんだ、と思ってきちんと見ていなかった顔を見てみる。涼しげな切れ長の目に口元のほくろがセクシーだった。うっわ、きれいな顔!これは人気出るのも分かるよ。クラスの女の子たちの話を思い出して、私はまた心の中で頷く。


「俺の顔になんか付いとる?」


仁王くんの顔に見入っていた私にそのきれいな顔が近づいた。それに驚いて目を見開いて私の体は凍ったように動かなくなる。仁王くんは私のそんな様子を見て楽しそうに笑っている。まだ顔は近いまま。柳生くんの「仁王くん!」とたしなめる声でやっと仁王くんの顔は遠のいて普通の位置に戻った。息までも止めてしまっていた私は大きく息を吐く。


「見すぎててごめんなさい。テニス部の人って人気あるって聞いてたから顔見ちゃったの」
「ふぅん。で、どうじゃった?」
「うん、人気あるのも納得。とってもきれいな顔!」


私のその言葉に今度は仁王くんと柳生くんの目がまんまるになった。なんか変なこと言っちゃったかな…。でもすぐに仁王くんは喉をならして笑い始める。柳生くんは眉を寄せて気まずそうにして視線を斜め下へと向けてしまった。


「嬉しいこと言ってくれるのぅ」
「本当のことだよ。柳生くんもかっこよくて優しいから納得だよね!」
「はぁ。ありがとうございます…」


仁王くんはまだ楽しそうに笑ったまま。柳生くんも最初は困惑ぎみだったけれどすぐに寄せていた眉間に力が抜けて笑ってくれた。それに安心して私も一緒に笑った。



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