俺は走っていた。むしゃくしゃしていた。なんでこんなにむしゃくしゃしているのか。俺はいつだって自分の感情をコントロールすることができない。今もどうしようもない衝動を抑えることができなくて、俺は走り出したのだ。


「全国大会の決勝戦、お前はどう思った?」


幸村部長は俺にそう訊ねた。大丈夫か、と聞いた後で。俺は自分の気持ちを言葉にすることができなくてぐっと息を飲んで黙った。そうすると幸村部長は「お前は来年もあるから…」と言い出して、俺はそこまで聞いたところで被せて叫んでしまった。「アンタたちがいるのは今年までだろ!!」と。いつの間にか俺の息は荒くなっていて、周りの人間もこっちを見ているのが分かった。幸村部長は一瞬たじろいで、弥生先輩はしっかりとした表情で俺を見つめていた。そんな二人の目から逃げるように俺は舌打ちをして走り出していた。

人影もまばらなところに来るとやっと俺はどかりと芝生の上に座り込む。一度息を吐いて落ち着いて周りを見渡すとそこは弥生先輩と初めて会った場所で。俺はもう一度息を大きく吐いて寝転んだ。そしてまた部長の「お前は来年もあるから…」と言う言葉を思い出す。俺は今年、あんたたちのいる今、勝ちたかったんだ。そんで来年もヨユーで勝つ予定だったんだ。そう思っていたのに、終わって見れば俺たちは青学に負けて、準優勝。


「カッコ悪りぃ」


そう呟いてみても虚しく響くだけだった。かっこ悪いのは俺自身だ。一人で勝手に熱くなってしまった。そう思いながら目を閉じれば浮かんでくるのはさっきの二人の顔。そしてまた「全国大会の決勝戦、お前はどう思った?」と言う言葉。さっきからずっと幸村部長の言葉を交互に思い出しては俺の心を突き刺していた。 
俺は悔しかった。そんなことを口に出していうことはできなかったけれど、本当はずっと悔しかった。7月にテニスクラブで越前に負けたことも、関東大会で青学の不二さんと対戦した時、俺にはもう勝つことしか残っていないと思っていたのに負けてしまったことも悔しくて仕方なかった。全国の決勝戦では柳先輩とのダブルスで青学の乾さんと海堂と戦って勝ったけれど、結局立海としては負けてしまった。不敗のまま全国へ行くことが叶わなかったことも、全国三連覇することが叶わなかったことも。そのどれも悔しかったけれど、一番悔しかったのは柳さんが青学の乾さんに負けたこと、真田副部長と幸村部長が越前に負けてしまったことかもしれない。俺が越前と同じ一年の時には全く歯が立たなかったあのバケモノ三人が負けてしまったことが。別に三人にガッカリしたわけじゃない。まだあの三人の背中は大きい。ただ、俺が先に越えたかった。それだけだ。


「強くなりてぇ」


地面を叩きながら俺は言う。全国大会が終わると急にあの人たちと過ごす時間があと少ししかないように思えきて、焦りのようなものを感じていた。勝ち逃げかよ、なんて変な感情まで浮かんでくる。部活を引退して、学校を卒業すると言っても校舎は同じ敷地内だし、OBはよく部活に来てくれていた。来年には俺も高等部へ行くのだし。これで会うのが最後じゃない。そう分かっているはずなのに、なぜか俺の心は置き去りにされたように感じていて。あんなにムカついて、うざいと思っていたのに少しだけ寂しい。けれど、だからと言ってあんな風に怒鳴って逃げるのは良くなかったと一人で冷静になった頭で思った。これじゃあ意味がない。
そして、多分俺のことを元気付けようとしてくれた弥生先輩を置き去りにしてしまった。幸村部長と二人きりにしてしまったのか、と俺はそこで気づいて目を開けた。なぜだかどうしようもなく不安になる。あの二人はいつの間にか知り合いだったらしく、全国大会の初戦のあとで二人きりでなにかを話していた。転校生の弥生先輩は部長のことを知らなかったはずで、幸村部長は退院したばかりだったのにいつ知り合ったんだろう、と疑問に思った。それは他のみんなも同じようで、特に真奈美先輩は心配そうにしていたっけ。その様子を過保護だな、と思いながら見ていた俺も心の裏側で何故か気が気じゃなかった。あーあ、今頃二人はなにを話しているんだろうか、と考える。ごろりと寝返りを打てば、草の匂いが近くなった。幸村部長と弥生先輩が二人でいるところを見ると心がざわつくのはなぜなんだろう。焦燥感、焦り、寂しさ。感情がぐるぐると心の中で回っているのが分かる。俺はまた感情に勝手に踊らされるのだろうか。さっきむしゃくしゃして走っていた時のように胸がどくどくと鳴った。目をぎゅっと瞑ると、予鈴のチャイムが聞こえてきて俺は飛び起きた。とりあえず教室まで走らなくては。







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