あついあつい夏が終わった。今までで一番あつい夏だった。けれどそれは終わってしまえばあっというまで、でもそれは自分の心からなかなか離れていってはくれない。
新学期が始まって数日、周囲は近く開催される中高大合同の文化祭の準備で騒がしくなっていた。目まぐるしいなと思う。自分だけがついていけていないのか。騒がしい昼休みの教室を一人抜け出て、中庭の方にやってきた。まだ気温が高い日が続いているからか、人の影はまばらだった。空いているベンチに腰を下ろして、太陽がいまだに熱く自分を照らしていることに眩暈を覚える。まだこんなにもあつい。本来なら受験一色になるのであろう。でもこの学校は大学までの一貫校であるからかあまり焦りなどはなかった。一応試験はあるけれど受験に比べれば楽なことに変わりはなく、なにより普段の自分の成績には自信があった。だから余計に虚になってしまうのだろうか。


「柳生くん!」


急に影ができて名前を呼ばれた。それは真奈美さんの声で。あぁ、そうだ。もしかしたら会えるかもしれないと自分でも知らずに期待して、この中庭に来たのだとその時に気づいた。彼女は笑って私の横に腰を下ろした。
全国大会の決勝戦が終わってもう一週間以上が経っていた。私たち、立海は負けた。準優勝だった。常勝を掲げる私たちが。でも真奈美さんと滝沢さんは試合が終わった私たちを笑って出迎えてくれた。頑張ったね、お疲れさま、と。その目は赤くなっていて、でも涙は溢れていなかった。そして優しかった。それに救われたのはきっと私だけではないはずだ。彼女たちは試合についてはそれ以上なにも言わなかった。それは心地よかった。林間学校の夜に話したことを覚えていたから。きっと彼女たちが私たちの努力を認めていることを知っているから。
それなのに私は今もあの日に取り残されていた。私は最後の試合に出ることさえ叶わなかった。その事実がいつまでも私を縛り付ける。


「なんだか心ここにあらずだね?」


横から私の目を覗き込んで真奈美さんが言う。その瞳と言葉にどきりとした。


「そうですね…少し話を聞いてくれませんか?」


曖昧に返事をしようとした。こんな気持ちを口に出すのは憚られた。ましてや、思いを寄せる人に話すなんて情けない。そう思っていたのに、口はスラスラと動いてしまっていた。真奈美さんはそれににっこりと目を細めて頷いて答えてくれた。


「私は中学生最後の試合に出ることができませんでした」


私が話し始めると真奈美さんの顔から笑みが消えたのが分かった。口を一文字にして少し心配そうにこちらを伺っている。私はそれに少しだけ微笑んで話を続けた。


「自分が試合に出ていれば結果を変えられたなんておこがましいことを考えているわけではないんです。ただ悔しいんです。試合に出れなかったこともそうなんですが、ベンチにいるだけの自分が嫌になってしまいました」


ずっと思い出すのはベンチに座っているだけの自分。応援はしていた。それしかすることができないのが歯痒かった。自分はベンチでなにができたのか、と何度も考えてしまう。そんな気持ちを吐露してしまった。でもきっと努力を認めてくれた人なら、真奈美さんなら、分かってくれるんじゃないかと思ってしまった。


「私はさ、きっとみんなは柳生君がベンチにいたことで心強かったと思うよ。今までずっと一緒に頑張ってきた人がそこにいてくれるだけで応援してくれるだけで頑張れることってあると思うんだよね」


うーん、と少し唸ってから真奈美さんは言葉を絞り出し始めた。顎に手を当て目を細めつつ悩みながら話すその姿は真剣そのもので。


「だってさ、知らない人の応援だって力になるじゃない?その上、一緒に頑張ってきた人が見ててくれて、応援してくれたらもっと力強いと思うんだよね。だって私が球技大会でそうだったもん!」


そう言うと同時に正面を向いていた体をぐるりとこちらに向けた彼女の瞳はきらりと輝いていた。その光に当てられて、私の視界は瞬いてしまう。


「一緒に練習したチームメイトとのアイコンタクトも心強かったし、柳生くんも見にきてくれたでしょ?嬉しかったよ。そういうことだと思うんだ。だからなにもできなかったなんてことはないと思うんだ!」


全てを言い終えたのであろう彼女はにっこりと笑った。私の視界はまだ瞬き続けていた。きらきらと光る世界に私はさっきまで感じていた重苦しい気持ちがなくなっていることに気づく。きっと世界が変わったのだ。いつのまにか皺がよってしまっていた眉間からもふっと力が抜けるのが分かった。自然と笑みが出る。


「ありがとうございます」


素直に出た言葉だった。真奈美さんに話してよかったと心から思ったから出た言葉だった。彼女は少し恥ずかしそうにして頬を染めた。そして笑った。その姿がとてもかわいいと思った。そして、それと同時にこの優しい子は仁王くんにも優しい言葉をかけるのだろうか。なんてそんなことを思ってしまった。





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