会場のあまりの熱気に胸がドキドキと高鳴っていた。夏休みの前に見た関東大会の時よりもそれは強かった。私は今テニス部の全国大会に来ていた。

照りつける日射し。青い空が広がっていた。私と弥生は開会式からやって来ていた。前回の関東大会に会場に着く前に迷ったことも反省して下調べも入念にしてやって来た。アリーナ会場で知っているテニス部の彼らがどこか余裕のあるように入場して来るのを見た時はワクワクしてしまった。ただみんなからテニス部の部長の手術が成功してリハビリを始めたと聞いていたからその姿がないことだけが気になった。真田くんと柳くんが前に出て昨年の優勝旗を返還するところを見た時に常勝立海の威厳を感じるのと同時に姿も知らないテニス部部長のことを考えると少し胸が痛んだ。



「部長いなかったね」


弥生が言った。きっと私と同じことを弥生も感じたのだろう。俯いた瞳の奥は寂しげな色を写していた。私は「うん」とだけ答える。開会式は終わっていて私たちの周りには人の影はなくなっていた。



立海の試合が始まったのは午後からだった。すぐにベンチに見慣れない人がいることに気づく。青みがかった長めの髪に白いタオル地のヘアバンド、そしてその手首にはテニス部のみんなと同じパワーリストをつけていた。もしかしたら彼が部長なのかもと弥生に話しかけようと隣に視線を移すと弥生の様子がおかしい。視線が一点から動かない。その視線を辿るとそこには疑問の彼がいた。弥生は彼を知っているのだろうか。「なんで…」と弥生が小さく呟くのが聞こえた。
試合はあっという間に終わった。ワンゲームも落とすことはないほどに立海の圧勝。相手の選手は息も切らして汗もダラダラなのに対して立海のみんなは涼しい顔をしていた。礼をする時の歓声がすごい。立海を讃える声も聞こえる。私は圧倒されていた。余裕すぎる勝利だったというのに選手のみんながベンチに戻った時、驚く言葉が聞こえてきた。


「初戦とは言え………みんな動きが悪すぎるよ!」


その言葉を放ったのはベンチに座っていた見たことのない彼だった。やっぱり部長だったのかな、と思いながらピリリとした空気に息がつまった。部長は「真田!」と呼びかける。それに応えるように真田くんの大きな声。


「そうだ。幸村の言う通りこの全国一つの取りこぼしも許さん!!完全勝利で3連覇を成し遂げる!!」
「イエッサー!!」


立海テニス部の声が重なった。




「おぅ、見に来てくれてたんだな」


一番最初にコートから出てきたブンちゃんが声をかけてくれる。「おつかれさま」と言えばみんなにこやかに笑った。さっきのひりついた空気が嘘みたい。弥生の様子はまだおかしくてまだ視線の先には彼がいた。私もそれを追って彼を見つめる。真田くんと話しながらコートから最後に出てきた彼は私たちの視線に気づいたのかこちらを見た。そしてふわりと笑った。さっきの厳しい印象とは違って優しく笑う人だな、と思いながら、その瞳に私が映っていないことに気づく。きっと弥生に笑いかけたのだと瞬間的に思った。開会式ではいなかった彼が今ここにいる。それは嬉しいことなのに弥生の様子を見ていると胸がざわついてしまう。


「む、石橋と滝沢か。見に来てくれたのだな」


テニス部の部長と一緒にコートから出てきた真田くんも私たちに声をかけてくれた。そして、横にいた彼を紹介してくれる。


「以前、話したことのあるテニス部の部長の幸村だ。この度無事に退院して復帰した」
「よろしく。幸村精市だよ」


やっぱり彼は優しく笑う。


「そしてこの二人が転校生の石橋と滝沢だ。石橋は俺と柳生と滝沢は仁王、丸井と同じクラスだ」
「石橋真奈美です。よろしくね」
「…滝沢弥生。よろしく」


相変わらず弥生の顔は強張っている。


「すまない。俺たちは青学の試合を見に行ってくる。今日はありがとう」


挨拶もそこそこに真田くんと幸村くん、そして柳くんが加わって歩き出した。私はその場に残って手を振った。でも弥生は違った。三人を、いや、幸村くんを追いかけたのだ。そしてジャージをかけただけであらわになっている腕をとった。とっさのことで私はただ目で追うだけだった。幸村くんの横にいた真田くんは驚いていて柳くんはこんな時でも無表情。幸村くんは弥生の手を握る。二人は少しだけ言葉を交わしたみたいだった。弥生は小さく頷くのが分かった。遠くて声までは聞こえない。そして三人を見送る。私は訳が分からなかった。


「お二人は知り合いだったんでしょうか?」


私と同じ疑問を柳生くんが口にした。ただ「分からない」とだけ返す。制服のベストの裾をぎゅっと握りしめた。


「顔色悪いぜよ」


その言葉と同時に右頬を突かれる。あまりにも驚いてしまって頬を押さえながら右側を見る。すると仁王くんがいたずらっぽい笑みを浮かべていた。丸めた背中のせいで目線が近い。


「お前さんたちはお互いに過保護じゃな」
「そうかな」
「おぅ、この前なんて弥生が真奈美のオトンみたいだったぜよ」


肩を揺らして仁王くんが笑った。私もつられて笑う。弥生も私のことをこんな風に心配したのだろうか。


「幸村は厳しいところもあるけどいいやつじゃ」


仁王くんはそう言って私の頭を優しくポンポンと撫でた。私はその優しさに少しだけ肩の力が抜けた。けれど、そう思ったのは束の間のことでそのまま私の頭の上に腕を置いて体重をかけてくる。「重い!」と抗議する私に意地悪な笑みで返してきて。仁王くんは優しいけど不器用だ。


「ちょ、本当に重いから…!」
「いい肘置きじゃのぅ」


わいわい言っていると柳生くんが横に来て「仁王くん、そろそろやめたまえ」と仲裁してくれた。でも仁王くんは「プリッ」とそっぽを向いてしまう。その時 、弥生が「はいはい、そこまで〜」と割って入ってきた。少し緊張の緩んだ様子の弥生が戻ってきた安心と仁王くんの腕が急に頭の上からなくなった軽さで思わず飛びあがってしまった。




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