道が悪いのかがたがたと大きなバスの車体が揺れるのと同じく、それに乗っているあたしたちの体も揺れる。あたしは特に乗り物に弱いというわけではなかったため、けろりとお菓子を食べていた。お菓子のほとんどはブン太からで、あまりの豊富さに荷物の中身のほとんどがお菓子なのではと少し不安になってしまう。隣の仁王はミント味のガムを黙々と噛んでいた。一番後ろの席の窓側に仁王、隣にあたし、それに続いてブン太。三人で並ぼうとしたら、必然的にこの席になった。外では太陽が燦々と輝いていて、きっと外を出た瞬間に熱気に包まれてしまうのだろう。今は夏休み中。今日は林間学校の初日だった。


二人と夏休みに会うのは二回目。一週間くらい前のテニス部の関東大会決勝日以来だった。その時はきちんとした会話はあまりできなかった。あたしと真奈美は道に迷い、会場に着いた時には決勝戦が始まる直前だった。その為に言葉を交わすことはできなかった。それでも試合前にみんながこちらをちらりと見たので、あたしたちの存在に気づいてくれていたのだろう。初めて見る試合になぜかあたしの方が緊張してしまっていた。隣の真奈美も胸の前で手を組んでいた。全部の試合が終わるまで何度息を飲んだか分からない。終わった瞬間に大きく息をついてしまった。しかし、結果はあたしたちには驚きのものだった。ダブルスではリードしていた立海が負けてしまった。相手側の歓声がどこか遠く聞こえた。しかし、呆然としていたのはあたしと真奈美だけだったようで、テニス部のみんなはもう次に進んでいた。新たな意気込みを胸に円陣を組んでいたのである。結果発表も終わり、帰ろうとするみんなになんと声をかけようかと考えあぐねていた。あたしはみんなのようになにかに力を注いだことがない。だからこそかける言葉が分からなかった。それは真奈美も同じようだった。そんなあたしたちの前にテニス部のみんながやってきた。


「今回は無様な姿を見せてしまった。次は奪還してみせる」


そう真田くんが先頭に立ち、真剣な眼差しで言う。その後ろに並ぶみんなが同じ眼差しをしていて、あたしは安心した。でもやっぱりなんて言葉をかけたらいいのか分からなかった。まず無様なんかじゃなかったし、かっこよかったし。そう心で思っていても、なんでか言葉が全部喉に貼り付いてしまったみたいに出てこなかった。真奈美は涙を浮かべて瞳を真っ赤にしていた。しかしその涙を流してしまわなかったのは、きっと今ではないという気持ちがぎりぎりで止めたのだろう。
あたしたちがなにも言葉をかけられないまま、みんなは足早に会場を後にしようとした。なにか用事があるようで、急いでいるようだった。後ろを向いて歩き始めた彼らの背中にやっと声に出すことができた。あたしと真奈美の声が重なった。


「「かっこよかったよ!」」


みんなは振り向かなかった。それ以来の再会である。勝ちにこだわるみんなにしてみたらあの言葉は厭味にとられたかもしれないと何度も思い直したりした。それでもそう思ったのは事実で。今日会うのが楽しみでもあり不安でもあった。
そんな風にぐるぐると考えていると、林間学校はあっという間にやってきて、あたしはなぜかあれから日課になってしまった花の水やりをするために早めに学校にやってきた。なぜかあの時に笑いかけてくれた花があたしの中で大きな存在になっていた。忘れられやすい場所に咲いているその花は乾燥を嫌い、夏には水切れを起こさないようにしなければいけないらしい。そのことを知ってから、あたしはちょくちょくここに足を運んで土が乾いていないかをチェックしていた。それは夏休みが始まってからも変わっていなかった。林間学校の今日は真奈美もついてきていた。水やりが済んでもまだ時間が余っていたので二人でぶらぶらと歩く。関東大会決勝戦のことはお互い口に出さなかった。出さなくても分かっていた。同じことを考えていることを。
そのまま歩いているといつのまにかテニスコートの近くまでやってきていた。夏休み中の朝早くだというのにボールを打つ小気味いい音が聞こえる。もしかしてと校舎の影からこっそり覗くと、予想した通りにこの一週間ずっとぐるぐる渦巻く思考の中心にいた彼らがいた。林間学校のある日だからと朝早くから来たのだろう。そう思うと、やっぱりあたしたちがかけた言葉は間違いなんかではなかったと思う。


「先輩!俺、先輩たちが林間学校行ってる間、頑張りますから!みんなまとめますから!任せてくださいっす!」


なんだか出て行きにくくて遠回りして集合場所に行こうとしたら、赤也の声が聞こえて来た。思わずその声に反応してまたこっそり覗いてしまった。そこには少し離れていても分かるくらいに引き締まった表情をしている赤也がいた。そんな頼もしい後輩を囲む先輩たち。


「そんなこと当たり前だろう!」


真田くんの大きな声が響く。その声の大きさに思わず肩がはねてしまったけれど、それに続いた「俺たちは最初からそのつもりでいたぞ」の言葉に思わず笑みが零れてしまった。きっと背中しか見えていない彼らも優しい笑みを浮かべているのだろう。真奈美と目を合わせて笑った。



その後遠回りをして集合場所についたあたしたち。真奈美と離れてクラスのみんなと話していると、視界のはしっこに銀髪と赤髪がうつった。その瞬間に緊張で身体が堅くなる。けれど、そんなあたしをよそに二人の態度は普通だった。いつもと同じ朝の挨拶。こんなもんなのかと思うと同時に安心してしまった。ちらりとA組の方を見ても真奈美と柳生くん、真田くんが普通に話しているみたいだった。その視線に気づいたのか真奈美がこちらを見てにこりと笑った。あたしも笑って返した。

そんなこんなであたしたちの林間学校が始まった。学校に残った赤也はどうしているのだろうか。レギュラーが一人残ったコートで部員たちをまとめているのだろうか。
左隣で眠そうにしている仁王も右隣で新しいお菓子の袋を開けたブン太も、積んだ荷物の中にテニスラケットを入れているのをあたしは知っている。それを持っていくのかと聞いたら「素振りでも壁当てでもなんにもやらないよりマシじゃろ」と。きっと他のみんなも持って来ているのだろう。みんなこの一瞬を大事にしようとしている。




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