私はそわそわしていた。けれど決してドキドキはしていなかった。彼らはきっとあの自信に充ち満ちた笑みを浮かべて、勝利を告げてくれると分かっていたから。


テスト期間の一日目の朝。教室のみんなは教科書やノートを開いて最後の追い込みに入っていた。私も今日一限目の英語のノートを開いて、文法や単語の意味を確認している。それでも待ちきれなくてノートの隙間からちらりちらりとまだ空いているとなりの席へと視線を持っていってしまう。今朝のHRが終わってしまったら、テスト用の出席番号順に席が変わってしまう。だから、早く来てくれないかななんて思いながら、真田くんが来るのを待つ。後ろを振り返ってみても柳生くんも来ていなかった。あぁ、やっぱり私はそわそわとして落ち着かない。
昨日の日曜もそうだった。「テスト前だから応援に来なくてもいい。絶対に勝つのだから」と言われたのだからと、私と弥生は家でテスト勉強をしていた。前日だから集中しようと自分たちの部屋で一人きりで。お互いに分からないところや補えるところは教え合っていた。それなのに二人とも落ち着かなかったみたいで何度も部屋を出てはキッチンやリビングで顔を合わせた。そして、目が合うと困ったように笑う。別に心配しているわけじゃない。頑張っているのを知っていながら、私たちはそれを見に行って応援することができないのはなんだか落ち着かない。それでも、あの人たちは大丈夫だと分かっているのだけが救いだった。落ち着くために二人で紅茶をいれて飲んだ。大きく息を吐いたのは同時だった。「みんな頑張ってるんだから私たちも頑張らなきゃね」と言えば、弥生は「そうね」と笑って、私たちは部屋に戻った。それから二人は夕食を食べるまで顔を合わせなかったし、食べて終えてからも集中することができた。
昨日のことを思い出して、頑張ろうともう一度教科書と向き合って訳文を一行読んだ時だった。隣から椅子を引きずる音が聞こえてきた。その音に思わず首をぐるりと勢いよく回して見てみるとその動きに驚いたのか真田くんの肩が少しだけ跳ねた。その珍しい様子がおかしくて、私は小さく笑ってしまった。真田くんは小さく咳払いしたけれど、その頬が少しだけ赤くてかわいいなって。


「おはよう、真田くん」
「あぁ、石橋。おはよう、昨日の試合勝ったぞ」
「うん、分かってたよ」


真田くんは一瞬目をまんまるにしたけれど、すぐにその目を細めて「そうか」と笑った。私も笑った。なんだか、今日は真田くんの珍しいところをたくさん見れたから、幸先のいいスタートだなと思った。


―――――☆


一限目の英語はすらすらと問題を解くことができた。手応えは充分だった。やっぱりいいスタートだったのかも、なんてね。転校生だからか、教室の窓際一番後ろの席だった。いつもの教卓の目の前とは全然違う。あの席は私がこの学校に来る前日に席替えをして余った席らしい。くじを引いてないというのにくじ運が悪い気がする。次の教科の国語の教科書から目を離して、窓の外を見た。空はなんだかいつもより高く、そしていつもよりも青い。教室の中は冷房がついていて涼しいけれど、一歩でも外に出てしまえばもやもやとした熱気に包まれるのだろう。もう夏本番だった。


「真奈美さん」


私の名前を呼ぶ声にふりむく。そこには思った通りの人がいて、私は思わず笑ってしまった。彼もいつもの優しい微笑み。おめでとうと言おうと思ったけれど、それもなんだか違う気がした。だってそれは当たり前のことだと彼らは思っているのだろう。


「真奈美、柳生」


なんて言おうか、と思って言葉にならない私とそんな私に気づいてなにも言わずに優しく笑いながら待ってくれる柳生くん。そんな私たちの元にもう一人。その彼の銀色の髪が窓からの光でキラキラと輝く。柳生くんが来て、仁王くんも来てその瞬間になんて言えばいいのかやっと浮かんだ。


「関東大会の決勝戦楽しみにしてるね」


二人は私の言葉に一瞬呆気にとられたけれど、すぐに意味が分かったらしい。それでもなぜだか腑に落ちないみたいだった。柳生くんは眉を下げたし、仁王くんは口を尖らせる。


「なんじゃ、知っとったんか」
「うん、真田くんに聞いた」
「つまらんのぅ」


私はなんでそんな風に二人が反応をするのか分からなくて、仁王くんの真似をして唇をとがらせた。そうしたら柳生くんが口を押さえて笑い始めたから、少し恥ずかしくなってしまったけれど、仁王くんはそれに乗じてもっと尖らせて柳生くんの方を向くものだから、私もそれに便乗してもっと唇をとがらせた。ぶふっという抑え切れない笑いが柳生くんから漏れて、今日は本当に珍しいことがたくさん見れる日だなぁと思った。


「でもね、私真田くんに聞かなくても分かってたよ」


柳生くんの笑いが治まった時にそう言ってみたら、二人はまた目をまんまるにして私の顔をじっと見る。だって負けを知らないままで全国制覇するんでしょ?そう言えば、二人は大きく見開いた目をぱちりと一回まばたきしてすぐに笑った。




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