自動ドアが開いた瞬間に独特の匂いが鼻についた。その薬品の匂いを感じながら、このドアを通るのも久しぶりだなと思う。もう通い慣れたものだけれど、自分にはあまり馴染みのない場所だったここは閉鎖的で、居づらいと思っていた。きっと、ここにいる本人さえもそう思っていただろうと勝手に想像する。そんな風に思考を巡らせて歩いていると、目当ての人物のいる部屋の前に辿り着く。ノックをすれば、中から「はい」と凛とした声が返って来た。


「久しぶりだな、精市」
「あぁ、蓮二。来てくれたんだね」


俺がドアの隙間から顔を覗かせると精市はふわり、と笑った。病室の白いベッドに彼の濃い青色の髪がよく映えている。しかし、彼の本来の場所はここじゃない。青い空の下のコートだと俺だけじゃなくきっとみんなそう思っているはずだ。
最近は球技大会があったこと、そして関東大会と期末試験が近いことが重なってここには来れていなかった。今日は球技大会も終わりそのための練習がなくなって、部活も試験のために早めに終わったためにやってきたのだ。


「もうすぐ関東大会だね」
「あぁ、その点はぬかりなくやっているぞ」
「うん、分かってるよ。ただもう少しだなと思ったんだ」


精市はベッドの横にある棚に載っているカレンダーを見やった。彼の個室は花や本、お菓子などの食べ物にジュース―たくさんの見舞いの品で溢れていた。これもきっと精市の人から慕われる性格を表しているのだと思う。その見舞いの品の中には赤也からの鉢植えもある。根づくという意味などで、見舞いの品としては相応しくないそれ。弦一郎は怒鳴りつけていたけれど、精市がこっそり大事に育てていることを俺は知っていた。その鉢植えに蕾みがついていることに気づいて、自然と口元がほころんでしまう。それに気づかれてしまわないように俺は鞄を開けて、本を数冊取り出す。精市の好きな画家の画集が一冊に、好きな作家の新刊。それらを差し出せば、彼は目を輝かせて「これ欲しかったんだ」と笑った。それに俺も「そうだろうと思ってな」と笑って答える。キラキラと輝いていた瞳は俺のその言葉を聞いて、一瞬呆気にとられたようになる。俺は特になんの意味もない言葉だったので、どうしたのかと疑問に思った。そんな俺に気づいたのか気づかないのか。精市はすぐに丸くした瞳を細めて笑った。


「なにかいいことでもあった?」


そう言う精市の方が楽しそうだと思った。俺にはそう言われても思い当たることがなにもないからだ。はて、と顎に手をあて考えてみてもなにも思いつかない。


「さぁ、特になにもないが」
「そう?なんか楽しそうに見えたんだけど」


自分じゃ分からないだけかもしれないよ、と精市は長い睫毛をふせた。そして、俺が買って来た画集をパラパラと捲った。精市のその言葉がひっかかって俺はまた思考を巡らせる。そして、1つだけ思いついたことがあった。


「いいことなのかは分からんがとても興味をそそられることがあってな」
「なになに?教えてよ」


眺めていた画集をぱたん、と閉じて俺のことをじっと見つめる。それは新しい楽しみを見つけた目だ。その目を見て、俺は足を組み直す。そして、少し勿体ぶって話し始めた。季節外れの転校生の少女2人のことを。彼女たちに出会ってからのできごと。俺が興味を惹かれた理由。不可解な点。柳生と仁王の成長。赤也が懐いていること。精市は俺の話すことに「へぇ」や「それで?」などと相づちを打ちながら、興味深そうに聞いている。けれど、俺は滝沢と2人きりになった時に探りをいれたこと、その後での石橋との空き教室での会話については話さなかった。それは誰にも言ってはいけない気がしたのだ。どうしてなのかは自分でも理解することができないのだが。
全てを話し終えると、精市は1度「うん」と頷いた。そして、小さく言った。「俺も会ってみたいな。そのこたちに」と。俺は「すぐに会えるさ」と答えた。それに精市は「そうかな」と笑みを浮かべた。あぁ、すぐに会えるさ。お前はすぐに治って帰ってくるんだから。




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -