球技大会が終わった。優勝はできなかったけれど、できることは全てやったし、いいところまでいけたので私にしては快挙だと思っている。
そして、イベントが1つ終わって次は勉強の番。期末考査が近いっていうのに私は最近なんに対しても集中することができない。勉強しなければいけない苦手教科の教科書を開いても、いつのまにか違うことを考えている。さっきの美術の授業で写生に行く時も考え事をしながら歩いていたら転んで柳生くんに手を貸してもらってしまった。
その考え事は全部同じこと。球技大会が始まる少し前から弥生の様子がおかしい。たまに寂しそうに目を流したり、私に対してよそよそしくなったり。一言で言ってしまえば元気がない。けれど、その理由が聞けずにいる。聞かないでほしいと弥生が態度で示しているというのもそうなのだけど、なぜか怖いのだ。
私の1番古い記憶で一緒にいるのは弥生。ずっと一緒だった。もちろん今までの間でケンカすることももちろんあった。それは些細な理由がほとんどで。そんな時はいつも一緒にいる弥生と離れて寂しくなって、弥生もそうだったのか、いつもすぐに2人同時に謝った。でも今回はなにか違う。今までのケンカみたいに口論したわけでもないし、なにか心当たりがあるわけでもない。気づいた時にはもう弥生の様子がおかしかった。私が気づかなかっただけなのか。けれど、今までにこんなことなんてなくて、私にはどうすればいいのか分からない。この世界に来ても私がこうやって生活できているのは弥生がいてくれたから。私がなにかしてしまったのだろうか?また前みたいに弥生と過ごしたい。


「石橋っ!聞いているのか!」
「え?」
「ちゃんと授業は聞いていたのか?隣同士でこのページの掛け合いをしろと言われただろう!」


私はまた考えることに意識を持って行かれていたらしい。真田くんが英語の教科書を開いてこちらを見ていた。眉と目はいつも以上につり上がっていて、声も大きい。慌てて向き合うようにしてそっちを向けば、ため息が聞こえる。先生は後ろの席の方を回りながら見ていた。さすがに教卓の目の前でこんな会話はまずい。


「ご、ごめんなさい!」
「まぁ、いい。それより早く読むぞ」


そのままいい発音で聞こえてきた英語に私も次のセリフを返す。私の発音は棒読みのカタカナ発音だったけれど。


―――――☆


残りの英語の時間は真田くんとの掛け合いで終わった。私の棒読みカタカナ発音に真田くんはなにも触れずにたんたんと決まった内容の会話を、たまに役を交代しながら繰り返しただけ。
ふぅ、と息を吐いてから横向きで机につっぷした。気温の高さのせいで熱くなった頬が冷たい机にあたってひんやりとして気持ちいい。力なくぶらさげた手を特に意味があるわけでもなくそのままぶらぶらと揺らしてみる。周りの騒がしさがどこか遠くに感じてしまう。


「おい、石橋!」
「はいっ!」


さっきの授業の時と同じように真田くんに呼ばれて、私は慌ててだらけきった体勢を直して背筋をピンと伸ばす。条件反射のようなものだと思う。真田くん自身がとてもしっかりとした人で、多分自分にも周りにも厳しい人なんだろう。一緒にいたり、見ていたりすると自分もしっかりしなければいけないと、いつも思う。


「授業はきちんと受けろ。もうすぐ期末だ。それでなくてもちゃんとした姿勢で授業に取り組まなくてはいけないのだぞ」
「はい。ごめんなさい。これからはきちんと受けます」


同級生の男の子に注意されているのにすごく身にしみる。自分の成績が下がるだけならまだしも今日は真田くんにも迷惑をかけてしまった。私が本当に反省したことに気づいたのか真田くんは「あぁ、これからは気をつければいいのだ」と言った。私もそれに「うん、ごめんね」と答えてから、それには今のこの悩みを解決しなければいけないと思い直す。


「それと…さっきはなにを考えていた?」


え、と真田くんの顔を見る。ロボットみたいなぎこちない動きで。真田くんはいつも通りの真面目な顔つきでこっちを見ていた。きっと私はマヌケなアホ面。


「なにか悩んでいるのか?」


なんでなのだろう。この世界の人たちはすぐに気づいてくれる。柳生くんもブンちゃんも。みんな、みんな。いつも、いつも。弥生がいてくれたから私はこの世界で頑張れた。でもそれと同じようにこの世界の優しさに救われたのは事実で。現に私は今も真田くんがこんな風に気づいてくれたことが嬉しい。


「なんでみんなそんな風に聞いてくれるの?」


思わず疑問が私の口から飛び出る。真田くんは腕を組んで大きく息を吐いてから答えた。当たり前のことを聞くな、という風に。


「聞かなければなにも始まらないだろう。そして、答えてもらわなければ分からない」


あぁ、そうだ。聞いてみなければ始まらない。答えてもらわなければ分からない。本当に当たり前のことだ。弥生に対してもそれは変わらない。私はそれに気づいて笑ってしまう。そうだ。聞いてみなければなにも始まらない。もしも私がなにかしてしまったのだとしたら、そこから改めてどうしたら許してもらえるのかを考えればいい。どうしたら前みたいに戻れるのか。


「真田くん、ありがとう。悩んでたけど今の言葉でどうすればいいのか分かったよ」


真田くんは眉間のシワを一層深くした。きっと頭の中ではクエスチョンマークが浮かんでいるだろう。でも、すぐに思い直したのか、「それならいい」と笑う。
私は今日また1つこの世界の優しさに触れた。前の世界を思うとやっぱり寂しい。でもこの世界も私の世界であって、愛おしくなっているのだと思う。


「ほら、石橋。もうすぐ授業が始まるぞ」
「準備は万端だよ!」


家に帰ったら弥生に思い切って聞いてみよう。そうしなければなにも分からないのだから。もしも、答えたくないと言われたら言いたくなるまで待てばいいのだ。私がなにかしたのならまずは謝ろう。とりあえずは次の国語の授業をきちんと受けてから。




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