あの憂鬱だった気持ちはどこへ行ったのやら。私はやる気に満ちあふれながら放課後の球技大会の練習のために体育館へと向かっていた。弥生には先に帰ってもらうことにした。待っていて、と言うことができなかったのは迷惑をかけたくないという気持ちがあったのと、ただ私が意気地なしなだけだと思う。

更衣室で体操着に着替えて体育館に着くと他のクラスでも練習が行われるからだろう。たくさんの人がいた。コートの数が限られているから練習するクラスごとに交代で使うらしい。私たちのクラスの順番はまだらしく、しばらくの間待つことになった。
体育館の隅っこに立って私は他のクラスの練習のかけ声に耳をすます。立海に通うようになってからの体育の授業ではずっと陸上競技をしていた。そのためにグラウンドにしか行ったことがなく、今いる体育館にはあまり来たことがなかった。この立海は大学付属で中学と高校は同じ敷地にある。だからとても広いのだ。転校してから1ヶ月弱。まだ行ったことすらないところもたくさんある。もう1つある体育館もまだ行ったことはない。そういえば、弥生が屋上庭園に行ってみたいって言ってたな、と思い出しながら体育館を見回した。


「真奈美せんぱーい!」


どこからか私を呼ぶ声がした。帰宅部の私には後輩の知り合いは1人しかいない。あの特徴的な髪型をキョロキョロと探してみると、出入口の方から予想していた人物―赤也くんが手を振りながら近づいてきた。そして、その後ろからジャッカルくんが追いかけてやってくる。


「赤也くんとジャッカルくんも球技大会の練習?」
「そうっすよ!てことは真奈美先輩も?」
「うん、そうだよ。バレーするの!」
「へぇ、俺とジャッカル先輩はバスケなんすよ」


体育館はネットで半分に仕切られていて、出入口の方ではバレーの練習、奥の方ではバスケの練習をしていた。大会当日は競技ごとに使用する体育館は分けられる。
運動部の練習のために片方の体育館だけが解放されたのだ。
きっと他のクラスとの連絡がうまくいっていないためだろう。練習クラスもあれば練習しないクラスもある。コートを交代で使うというのも今この体育館に集まった人間だけで決められたルールだ。


「そうなんだ!ジャッカルくんてバスケのユニフォーム似合いそうだよね!」
「いや、真奈美…球技大会は普通に体操着だから…」


私がジャッカルくんのバスケのユニフォーム姿を想像して見つめていたら、赤也くんは大きく笑い始めて、ジャッカルくんは困ったような顔をした。そうだよね、球技大会だもんね。しかも、テニス部だもんね。変なことを言ってしまったと恥ずかしくなる。それでもジャッカルくんは笑って「いいよ」と言ってくれた。それでも赤也くんの笑い声は止まらない。あぁ、もう恥ずかしいなぁ。


「そういえば、昨日弥生先輩には言ったんですけど、今度大会見に来てくださいよ!」


やっと笑いが治まった赤也くんが言った。そして、それに続いてジャッカルくんも「あぁ、よかったら来てくれよ」と誘ってくれる。昨日泣いてしまった時に励ますために弥生が言っていたことを思い出した。それを楽しみに思って泣き止んだのだから。


「うん、行く行く」


みんなのテニスはまだきちんと見たことがなかった。普段練習を頑張っているみんなを見ていて、ずっと本当の試合も見てみたいと思っていた。だから、これはいい機会なんじゃないかと思う。すぐに了解した。赤也くんもジャッカルくんも笑ってくれて嬉しくなる。


「応援してるよ!」


そう言ったところで私は同じクラスの友達に呼ばれた。コートの順番が回ってきたらしい。2人に手を振って別れると、私はコートの中に入る。自分にできることを全力でやろう、と誓ったばかりなのにいざコートの中に入ってみるといつものように緊張してしまった。
向こう側のコートにはバレー部の子が練習に付き合ってくれるということで入っていた。まずはどれくらいボールが拾えるのかを見るらしい。私は後衛のすみっこに立ちながらボールが来るのをビクビクしながら待つ。「行くよー」というかけ声と共にサーブが打たれた。そして、そのままボールは私が今までに見たことのない早さで飛んできて、すぐ横を通り過ぎていった。一瞬、突風が通ったのかと錯覚してしまった。髪が揺れている。いや、あれはありえない。ありえないでしょ。でもみんなは普通にしているものだから気のせいかもしれないと、みんなに謝りながらもう1度構えた。今度はさっきとは違うバレー部の子がサーブを打つ。前衛の子がそれをなんとかトスで上げて、他の前衛の子が相手のコートへと返していた。私は少し客観的にそれらを見ていた。そして、やっぱり私の勘違いなんかじゃないと気づく。サーブは今まで見たことがないくらい速く、そして威力が強い。それを返すバレー部じゃない子たちもバレー部の子たちほどではないけれど、それでもレシーブやスパイクはすごい速さだ。私は夢のような今の状況に、どうしていいのか分からずに立ち尽くす。けれど、ボールが私の方にやってくるということをなんとか目で捉えた。全力を出そうと決めたのだ。私はとりあえずボールを上げようとレシーブの体勢をとりながらボールを見つめる。けれど、そのボールは私の思い描いていたように宙に跳ね上がることはなく、鈍い音をたてて私のおでこにぶつかって床に落ちた。あまりの痛さにおでこを押さえながらしゃがみ込んでしまう。心配したみんなが集まってきて私を取り囲んだ。私はみんなに謝りながら立ち上がる。痛みを堪えながら頭の中ではこの世界に来たばかりの時に貰った手紙を思い出していた。そして、これが今までの世界とこの世界の違いというやつなんじゃないか、と思った。


「そういえば、あいつ運動苦手らしいぞ」
「今の見てたらなんとなく分かりますって」


なんて会話を私を見ながらジャッカルくんと赤也くんがしていたなんていうことも知らずに。




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