私たちがこの世界に来てから、結構な時間が経った。最初は今置かれた状況に思考が追いつかなくて、ただただ流されていた。この生活に慣れることで精一杯だった私にも余裕ができた。そして、それとともに様々な考えが浮かぶ。例えば、ここは本当に今までいた世界とは別ものなのかとか、夢なんじゃないかとか、私たちはいつまでここにいればいいのだろうかとか。たくさんの疑問が私の頭の中を埋め尽くす。きっと弥生は私が考え始めるずっと前から同じようなことを考えていたと思う。私はそれをなんとなく感じながら生活していた。それでも、この世界に慣れることに必死だった私はただ手を握ることしかできなかったけれど。だから、私の考えていることは今更なことばかりなのだろう。
けれど、それでも新しく分かったことがある。今、私がいるこの世界で生きている人たちは前にいた世界で生きている人たちとなんにも変わってることなんてなくて、同じように一生懸命生きている。それはテニス部の人たちが仲良くしてくれたことで分かったこと。それ以外の友達だってもちろんそう。でね、私思ったんだよ。こんな風に生きている人たちと過ごすことはとっても有意義なことなんだってね。だから、もしいきなりこの生活が「私の見てた夢でした」とか「はい、元の世界に戻りましょうね」と言われる時が来たとしても、起きた時―帰った時に―忘れないように刻み込むんだ。こんな素敵な人たちに夢の中で―違う世界で―出会ったんだ!って。だから、私はこの世界をめいいっぱい楽しむことåに決めたんだ。普通に生きて行くの。弥生がいるから怖いことなんてなにもないし!

今日だって化学室まで柳生くんが案内してくれたし、化学室での実験では真田くんがリードして分からないところも教えてくれながら進めてくれた。それにからかわれてしまったけれど仁王くんも話しかけてくれた。ほら、素敵でしょう?



なんて今日のできごとを話しながらまたいつものように弥生と帰っていた。SHRが早く終わった方が廊下で待って、2人で帰る。その途中でスーパーに寄るのがこっちの世界に来てからの日課だ。前の世界では奇跡のようにずっと同じクラスだったからどちらかがどちらかを待つなんていうのは新鮮だった。
校舎を出て少し歩いていると、いきなり弥生が「あっ!」と声を上げた。私はそれに驚いてびくりと肩を揺らす。弥生はなにかを思い出したように鞄の中を漁り始めた。


「本返すの忘れてた。今日までだから返してくる。先に行ってて」
「わかったー。じゃあ、先に行って待ってるね」
「うん。絶対追いつくから」


弥生はそう言ってそのまま来た道を戻っていった。私はそれを見届けてからまた歩き始める。いつも通っている東門の方へと進む。ペースはいつもよりゆっくりと。やっぱり1人での帰路は少し味気ない。途中でテニスコートの横を通る。その瞬間、目をそっちの方へ向けた。あの日、弥生に連れられてテニス部に遊びに行ってから、レギュラーのみんなと仲良くなることができた。あの時に聞いたみんなの決意のおかげで私は今のような考えをもつことができるようになったのだ。だから、あの人たちに私は感謝と尊敬をしている。
少し低い位置にあるテニスコート。私はそれをまた立ち止まって見下ろすようにして見た。そして、大きく息を吸い込む。まだSHRが終わったばかりだからか、コート内の人はまばらだった。知っている人が誰もいないのを見て、前に向き直る。それと同時に、大きく私の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「真奈美ー?」


振り返れば部室から出て来たばかりのブンちゃんがこっちに向かって大きく手を振っていた。その横ではジャッカルくんが軽く手をあげていた。私はそれに気づいて大きく手を振り返す。そうすると、続いて部室から柳生くんと仁王くんが出て来た。その2人も私に気がつくと手を上げた。柳生くんは背筋がピンとしていて、手も指先まで伸びている。仁王くんはそれとは対照的に背中は丸まっていて片手をユニフォームのハーフパンツにつっこんでいた。なんだかその姿がみんなの性格を表しているようでおもしろかった。


「練習がんばれー!じょーしょーりっかいだーい!」


そう叫べばみんなが笑うのが分かった。テニスコートにいる他の部員も、他の部活の生徒や帰宅途中の生徒もこっちを見ていた。私は恥ずかしくなってしまったけれど、言わずにはいられなかったの。でも、すぐにみんなが真面目な顔をして拳を掲げたから、そんな恥ずかしさは飛んで行った。みんなの手にはお揃いのリストバンド。その頑張ってる姿がとってもかっこいいよ。




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