あたしたちがこっちの世界に来てから半月ほどが経った。2人暮らしも立海での学校生活も慣れてきた。それでもあたしたちはまだこの世界と前の世界の違いに気づけずにいる。


「ブン太ー」
「なんだよぃ」


あのテニス部に遊びに行った日からあたしと真奈美はテニスレギュラーと結構仲良くなった。他にも男女関係なく友達はできたけれど、やっぱり一番最初に話しかけてくれたブン太と仁王はこの世界では特別だ。(もちろん真奈美は別格!)
あたしはあの日に聞いたことで関係がギクシャクするかもしれないと思っていたけれど、それはただの考えすぎでなにもかわることなんてなかった。ううん、前よりも話しやすくなっているかもしれない。


「あのさ、ブン太。あたしの考え過ぎかもしれないんだけどさ」
「だからさっきからなんなんだよぃ」


教室で自分の席に座っているあたしの視線の先は開いている窓からのぞく廊下にいる仁王と真奈美。真奈美は仁王にからかわれたのか顔を赤くしてなにかを言っているみたい。視線を戻してみればブン太はあたしの机に広げたグルメ雑誌を見ていた。ちょっと、よだれよだれ。
ブン太の両頬を掴み無理矢理廊下の方へと向ける。最初は「なにすんだ!痛い!」と騒いでいたけれどあたしがなにを見ていたか気づくとすぐに大人しくなった。


「あー、仁王と真奈美?」
「うん。もしかしてさ、仁王って真奈美のこと好きだったりする?」


立海で過ごした半月の間、女子の話題になるのはテニス部のことが多くて、彼らの人気を改めて思い知った。噂がたってしまったら大変だと声をひそめて目の前のブン太にだけ聞こえるように聞く。そうすれば、ブン太はあたしの顔を珍しいものを見るような目で見てくる。え、ちょっとなにその顔。あたし変なこと言った?やっぱり勘違いだった?


「おまえ、それは今更だろぃ」
「なんだ、やっぱりそうか。いや、前からそうかなとは思ってたんだけど、今ちょうど目に入ったから確かめてみたの」
「ふぅん」


ブン太は雑誌に視線を戻した。あたしもそれに続いて廊下から視線を戻す。仁王が真奈美のことを気にかけていたのは初めから分かってた。真奈美に会ったと言った時の仁王の表情からなんとなく。でも、こんなに早く仁王が真奈美のことを好きになるとは思っていなかった。ただ気になっているだけだと思っていたから。


「真奈美は仁王のことなんて言ってんの?」
「うーん。おもしろいとかよくからかわれるとか?」
「それだけ?」
「うん。あ、あとは優しいとも言ってたかな?」


大きなため息をつくブン太。あたしも思わず苦笑い。もう一度真奈美との会話をよく思い出してみた。うん、多分そんな感じ。あ、顔がきれいとかかっこいいから人気あるのも分かるとかも言ってたっけ?でもそれは他のレギュラーの人も含まれてる。


「あいつって仁王と柳生の入れ替わりにも気づいたくらいだし、そういうのにもっと鋭いかと思ってた」
「あー、あのこって他の人のことは鋭いけど自分のことについては鈍いんだよね。特に恋愛のこととか」
「まじかよぃ。それじゃあ…」
「うん。仁王の気持ちにもきっと気づいてないよ」


ため息をついた。今度は2人同時に目を合わせて。
あのこは昔からそうだった。周りのことには敏感だったりするのに自分のことには全然気づかなくて。今まで何人か真奈美のこと好きな人を見てきたけど、その人たちの気持ち、どれにも気づくことはなかった。彼らの分かりやすいアプローチにもわざとなのかというくらいの的外れな回答をしていたのを思い出す。がっくりと下がった彼らの肩があたしの頭の中に浮かんだ。


「じゃあ、弥生は気づいてるか?」
「なにに?」


勿体ぶるかのように間をあけるブン太にあたしは苛ついてしまう。「そっか。気づいてないのか」なんてガムを膨らます彼に「だからなにに」と少し大きめの声でせっつく。そうすれば、大きく丸くなっていたガムは甘い香りを漂わせながらはじけた。そして、ブン太はわざとらしく咳払いをして続けた。


「真奈美を好きな奴がもう1人いること」
「は?」


ブン太がさっきのあたしのように廊下の方へ視線を向ける。それを追っかけてあたしも同じ方向を見た。そこにいるのは教科書を持って真奈美に話しかける柳生くん。仁王はおもしろくなさそうにしてそれを見ていた。真奈美は柳生くんと話し終わると仁王に手を振って走っていってしまった。それを笑顔で追いかける柳生くん。その場に1人残された仁王になぜかあたしの方が切なくなってしまった。つまりはそういうことですね。


「うん。今なんとなくだけど分かった」
「普通もっと早く気づくんじゃねぇ?」


ブン太の嫌みったらしい言葉にまたカチンと来る。どうせ、あたしは鈍いわよ!自分のことでも人のことでも気づかないもの。ムカムカとしながらブン太を睨みつける。でも、そんなあたしの視線には気づかない奴はなぜか視線を寂しげに下げてみせた。


「あいつらペア組んでんのにそのせいでちょっとギクシャクしてんだよな」
「大丈夫なの?」


その様子にあたしはさっきまでのムカムカを忘れて優しい声を出していた。ブン太だってちゃんと友達のことを考えているのだ。でも、すぐに顔を上げたブン太は笑っていて、明るい声で言ったから呆れてしまう。


「俺とジャッカルを見習えって話だよな!」
「いや、それはちょっと…」


周りの人から聞いたり、たまに見る部活での練習風景や日常を見ていると分かる。ジャッカルがブン太に振り回されていること。ジャッカルの困ったようにしてはにかむ表情を思い出してあたしまでそんな顔になってしまった。その様子を見たブン太が文句を言ってきたけれど、あたしとブン太はそのまま黙ることになる。不機嫌極まりない仁王が帰ってきたから。




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -