弦一郎が来たことがきっかけになったかのように赤也とジャッカルもやってきた。テニスコートの横にはテニス部レギュラーと転校生という少しおかしい集団ができている。そして、また自己紹介が飛び交った。同じクラスの弦一郎と石橋は席が隣同士、滝沢の席は丸井の後ろで仁王の隣という情報にも驚いたけれど、滝沢と赤也がもう知り合いだということに1番驚いた。


「真田くんね。私が転校してきて初めて話した人なの。緊張してる私に話しかけてくれたんだよ」


石橋が満面の笑みでそういうと弦一郎は顔を赤くして照れ始めた。仁王と柳生以外のみんながその様子を見てニヤニヤと笑う。真田はそれを見てギロリ、と睨んだけれど頬が赤いからいつもの威厳はない。俺はそれをノートに書き込んだ。


「へー。真田くんやっさしー!切原なんて初めて会った私のことファンだと思って冷たかったのに」
「ちょ、弥生先輩…」
「お前それって…」


滝沢が放った言葉に赤也は焦り始める。ジャッカルが赤也のことを呆れた目で見ていた。それを見て今度は弦一郎以外の全員が笑った。弦一郎は「自惚れとはたるんどる」とただ一言。その情報も漏らすことなく書き込んだ俺も笑っていた。


「参謀。さっきから楽しそうにノートに書き込んどるのぅ」
「あぁ、実に興味深い」


仁王がノートを覗き込むように話しかけてきたので俺はノートを静かに閉じた。そうすると仁王は不満そうに俺の顔を見上げてくる。俺はなにを言うでもなくその仁王の視線に自分の視線を合わせてみた。それでも仁王はそのまま視線を外さなかった。頑固なやつだ。


「ねぇ、丸井くん。私もブンちゃんって呼んでいい?」
「あー?」


石橋と丸井の声が聞こえた瞬間、仁王はそちらに顔を向けた。短いににらめっこだったなと思う。笑いなど微塵も感じられなかったが。仁王は少し眺めた後にすたすたとそっちの方へと向かって行く。


「さっき仁王くんがそう呼んでてかわいかったの」
「まぁ、いいけど仁王はいつもはそんな風に呼んでねぇぞ」
「ありがとう、ブンちゃん!」
「じゃあ、俺もこれからはずっとブンちゃんって呼ぼうかのぅ」
「お前はダメ!なんかキモい」
「ブンちゃん、ひどいぜよ」
「だからやめろって」
「ブンちゃん、あたしはー?」
「ブンちゃん先輩俺はどうっすかー?」


仁王が加わった会話に更に滝沢と赤也が混ざってふざけ始める。それを見てジャッカルは困ったように笑って、弦一郎と柳生は無表情だった。そして、笑っていたと思った石橋の視線は弦一郎へと移動する。それと同じように話題も変わった。


「そういえば真田くんて本当にテニス部の副部長だったんだねぇ。クラスのこが教えてくれたんだ。あ、疑ってたとかじゃないんだよ?」
「あぁ、俺が副部長だ」
「ねぇ、それじゃあ部長って誰なの?」


滝沢が放った言葉はさっきまでの楽しかった雰囲気をがらりと変えた。その場が凍り付いたかのように会話も動きも止まってしまう。それに気づいたのか滝沢と石橋は困惑した表情だ。それは聞いてはいけない質問ではないし、昨日転校してきたばかりの2人は知らなくて当然なのだから仕方がない。弦一郎は静かに答える。


「部長は今いない」
「え?」
「去年の冬から入院しているのだ」
「ご、ごめんなさい。あたしなんか変なこと聞いちゃったみたいで…」


滝沢は慌てて頭を下げた。けれど、俺たちは責めるつもりなどないし、そもそもそのように謝るようなことではないのだ。質問に答えている弦一郎もそのつもりだろう。


「謝る必要はない。あいつはあいつで今努力している。俺たちは俺たちであいつが返ってきても恥ずかしくないように無敗で全国制覇をするだけだ」


言い方は重々しかったがそれが俺たちの答えなのである。周りの表情を見てもそれに納得したような表情を浮かべている。もちろん俺もだ。それを見た滝沢と石橋はその全員の表情をきちんと捉えたのだろう。顔つきがさっきの不安そうなものではなく、しっかりとしたものになっていた。時計を見れば、休憩時間はもう終わる時刻だった。


「弦一郎、休憩の時間はそろそろ終わりだ」
「あぁ、そのようだな」
「あ、じゃああたしたち帰るね」
「練習頑張ってね」


仁王と柳生の入れ替わりのことを誰にも口外しないということを約束してから、俺たちはコート内に入って行き、滝沢たちは反対の方向の校門へと向かっていく。その後ろ姿を目で追った。それは多分、俺だけではないだろう。
仁王が優しく笑いかけ、柳生を不機嫌にできる石橋という存在。そして、まだ詳しいことを知ることができていない滝沢という存在。とても興味をそそられる人間たちだと思った。
なぜこんな微妙な時期に転校してきたのか。それも2人揃って。昨日、丸井が親の転勤の事情で2人で暮らしていると言っているのを聞いたが、それは事実なのだろうか?中学生が?謎に包まれていると思った。


「実に興味深い」

俺の呟きは誰にも聞かれることはなくボールを打つ音にかき消される。抑えきれない笑みを浮かべた俺はノートを持っている手に力を込めた。





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