あれから少しして「お前らさ、今日テニス部来いよ」と丸井が滝沢に言った。お前らということは石橋も、ということだろう。予鈴も本鈴も鳴り、昼休みは終わったというのに来るはずの教員が来ない。教室のみんなは自由に周りの友達と話していた。それはオレたちも同じ。丸井は体を後ろに向けて話をしている。俺はたまに口を挟む程度で滝沢と丸井が主に話しているのに耳を傾けていた。


「なんで?」
「だって俺ももう1人の転校生見てみたい」
「えー。でも2人は部活してるんでしょ?」
「休憩時間にはちゃんと構ってやるからよぃ」
「なにその上から目線」


文句を言っていた滝沢だったけれど、少し考えてから「しょうがないな。真奈美に聞いて大丈夫だったらね」と言って笑った。その答えを聞いて丸井が喜んでいる時に教員が慌ててやってきて少し遅くなったけれど授業が始まった。


―――――☆


「あ、丸井いた!」
「え、ちょっと待って…」


今日は日差しが強かったため部活の休憩中に建物の影で休んでいるとそんな会話が聞こえた。丸井と滝沢の会話を聞いていたからすぐにあの2人が来たということが分かる。日陰から出てみると予想していた2人がテニスコートの近くにいた。石橋が少し離れたところで話し始めている滝沢の元へと向かっているところだった。近くにいた石橋に話しかけようと思ったけれど、今は丁度練習メニューのせいで柳生と入れ替わっていたことを思い出す。まぁ、それもいいだろう。少しからかってやろうと思い直し、すぐに近寄って声をかけた。


「石橋さん」
「柳生くんっ!」


後ろから柳生になりきって声をかければ石橋は柳生の名前を呼びながら振り返った。きっと柳生だと思ったのだろう。けれど、俺の顔を見るなり目を大きく見開いて黙り込んでしまった。


「どうされたんです?」


心配したように顔を覗き込んでみれば石橋の瞳に柳生の顔をした俺が映っているのが見える。石橋は少し震えた後に「柳生くんじゃないね。もしかして仁王くん?」と尋ねてきた。その言葉に今度は俺の目が見開かれる。俺は自然と笑っていた。


「どうして分かったんじゃ?」
「うーん。雰囲気?」
「なんじゃ、その質問に質問で返す言い方は…」


眼鏡を外して柳生のようにセットされていた髪型をぐしゃぐしゃとかき回す。それを見て「わぁ、すごい!」と小さく手を叩く石橋。からかうつもりだったというのに、なんだかこっちがからかわれているような気分になってしまった。


「でも仁王くんだって分かったのには理由があるんだよ」
「ほぅ」
「転校してきて私が話したことのある男の子は仁王くんと柳生くんと真田くんだけなの。でも柳生くんじゃないし。柳生くんと私が話すのを知ってるのは仁王くんだけかなって。真田くんも知ってたかもしれないけど、雰囲気がどっちかっていうと仁王くんだったから」
「なんじゃ。そこまで考えとったんか」
「実はね」


石橋は照れたようにして笑った。そんな風に話していると丸井と滝沢がこっちにやってきた。丸井はガムを膨らましていて甘い匂いが風に乗ってやってくる。「なにこれ。柳生くんが仁王になったんだけど」と滝沢が目を白黒させて石橋の肩を掴んだ。おれの顔をまじまじと見つめてくる。丸井もおれのことを柳生だと思い込んでいたために「お前、仁王だったのかよ」なんて言ってきた。


「ブンちゃん。入れ替わり見破られてしもうた」
「まじで!?」


俺はそれになにも返さずに丸井に報告をした。そのことを聞いた丸井は驚いて膨らましていたガムが割れる。滝沢はまだきちんと納得できていないのか俺の顔と石橋の顔を交互に見ている。それを見かねた丸井が俺と柳生の入れ替わりについての説明を始めた。それに滝沢と石橋は聞き入る。


「非常に興味深いな」


それを眺めていた俺の横にいつの間にか立っていた柳が言った。おもしろいものを見つけたという表情を浮かべて3人の方を見ていた。厳密に言えば、転校生の2人を見ているのだろう。


「いつから見てたんじゃ、参謀」
「お前が転校生に話しかけたところからだ」
「最初からってことじゃな」
「まぁ、そういうことだ。それにしても本当におもしろい」


含んだ笑い方をする柳を見てみればその目は珍しく開かれていた。その表情にぎょっとしたあと、俺も柳の視線を追う。
俺も最初は転校生なんか興味なかった。ただこんな中途半端な時期に来るということに疑問を持ってはいたけれど、転校生に興味津々な丸井をただ眺めていただけ。けれど、初めて教室に入ってきた滝沢を見て驚いた。さっきの石橋ではないけれど、纏っている空気が自分たちとは違っていたのだ。どこがどうとか明確に説明することはできないけれど。それは石橋を初めて見た時も同じで。それがきっかけであの2人に興味を示しただけだったのだが。


「あぁ、ほんまにおもしろいやつじゃ」




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