昨日、擦りむいた膝はきれいに包帯が巻かれていた。そこは痛くないわけではないけれど動かせるし、テニスをするのに支障はなかった。それさえ大丈夫ならうちは大丈夫だった。でもきっとこれは早めに消毒したおかげなんだと思う。そう、だから白石のおかげなのだ。

あの時はボールを追うことに夢中だったし、血が流れていても痛くても試合を続けようと思っていた。それを止めた白石の真剣な目が怖かった。オサムちゃんが頭を撫でてくれて、萌が近くにいてくれていたから、うちはなんとか平静を装っていられたけれど、本当はすごく怖かったんだ。でも白石はうちの足を消毒しながら淡々と、静かに、それでも怒りを含んだ声でうちを諭すように話した。無理すんなよ、と。


「いつでも全力出したい気持ちは分かる。でもこれで公式戦に出れんようになったら意味ないやろ」


うちはバカだからそこまで言われてやっと白石はうちのことを考えてくれていたことを知った。泣きそうになりながらありがとうとごめんねを交互に繰り返せば、白石はきれいな顔を困ったように歪ませて「分かればよろしい」と頭をぽんぽんと撫でてくれた。そんな優しい白石を怖いだなんて思ったうちは本当にバカで、また心の中でありがとうとごめんねを繰り返した。




白石は周りをよく見ているから、ダブルスを組めば自由に動くことができてやりやすい。うちはテニスのこととなると周りが見えなくなってしまうから、シングルスの方がやりやすいとずっと思っていた。けれど、中学に入り白石と組んで初めてダブルスも楽しいと思うようになったのだ。
それに、すごく優しい。ただ優しいだけじゃなく、きちんと叱ってくれるところは叱ってくれる。今回のことだってそうだもの。そういうのが本当の優しさだとうちは思う。だから、白石がモテるのは当然だと思ってる。顔もとってもきれいだし。
ということを、部活の1番最初の休憩中に白石本人に話した。テニスに支障がないということと、昨日のお礼をもう一度言うために話しかけたのに、いつの間にかそんなことまで話していた。望美が入れてくれた冷たくておいしいドリンクを飲みながら。白石はうちの話を聞いて困ったように頬をかいている。


「自分、ようそんなこと普通に言えるな」
「だって、本当のことやん」


そう言えば、白石は「んー」と目だけで斜め上を見た。そんな白石を見て、自覚ないんかなと思ったりして。あんなに人気なのになぁ。
今日だってたくさんの女の子たちに白石に抱きかかえられたことについて聞かれた。多分、噂になって広がっているんだと思う。今まで全然話したことのなかった子にまで話しかけられてちょっとびっくりした。付き合っているのかとか好きなのかって聞かれた時はもっともっとびっくりした。抱きかかえられたということだけが一人歩きしているよう。聞かれる度にうちは転んだこと、それを心配してくれた白石の行動ということを話した。自分の失敗を何度も話すのは辛かったけれど、その度に「白石くん、やっぱ優しいわ」と頷く女の子たちにちょっと嬉しくなった。白石のいいところはみんなに伝わってるんだ。そして今それをうちが改めて伝えているんだって!(あ、でもさすがにこれは白石本人には秘密やけど!)
噂のことについて話してみれば、白石は「俺もぎょうさん聞かれたわ。ごめんな、大丈夫か?」と言った。きっと白石だって大変だっただろうに、うちのことを心配する白石に笑ってしまう。うちは「大丈夫」と返した。


「ちゃんと付き合ってるの否定しておいたから。白石も困るやろ?うちはテニスがあればそれでええし。好きな人とか彼氏とかよう分からんし。そういったらみんな笑って頷いてたわ」


白石はまっすぐにこっちを見たまま、少し黙った後に目をふせて「そうやな。この夏が最後やもんな」と言った。うちはその長い睫毛がきれいだなと思いながら頷いた。この夏で終わりなのだ。うちの人生はきっとまだまだ続くはずなのだろうけれど、中学生としてのテニスはこれで終わり。夏が終わったら受験一色になるだろう。高校は誰と一緒で誰と離れるのか分からない。このメンバーでのテニスはもう終わりなのだ。そう思ったら寂しくて、白石の半袖のユニフォームの黄色いところを掴んで「がんばろな!」と言っていた。自分でも分かるくらい不安そうな顔をしていると思う。そうすれば、白石は伏せていた目をまんまるにしてから、「もちろんや!勝ったもん勝ちやで!」と笑った。それにすごく安心して「うん!」とうちも笑っていた。
そろそろ休憩終わりやで、という萌の声が聞こえてきて、うちは掴んでいた白石のユニフォームを離す。「ありがとうな」と言って、女子のコートに戻ろうと走り出そうとした。そうしたら、コートの外、フェンス越しにこっちを見ている女の子と目が合った。その子は昨日の部活が始まったばかりの時に光と口論していた子だった。昨日と違うところは光がいないということと、彼女が制服ではなく陸上のユニフォームだということ。じっとこちらを見る彼女の瞳がひどく切なそうで、うちはなぜか立ち止まってしまった。しかし、彼女はくるりと背中を見せて行ってしまった。横の白石は彼女に気づいていたのかいないのか「はよ行き」と言ったので、「うん」とうちはとぼとぼと歩き出す。彼女も白石のファンの1人なのかな。彼女もうちと白石が付き合ってるって噂聞いて信じちゃったんかななんて考えていたら練習が始まった。うちの大好きな時間の始まりだ。それなのに、さっきの彼女の瞳がちらついてしまって忘れられなかった。




純粋培養って残酷ね




title:Fascinating
2013.07.09




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