放課後のテニスコート。ボールを打つ音やバウンドする音、かけ声が響いていて、それはいつも通り。そして、自らを浪速のスピードスターだという彼も、調子は元通り。自慢の速さを生かしたプレイスタイルを見せてくれた。昨日「明日には浪速のスピードスターに元通りっちゅう話や!」と言っていた言葉は本当だったのだ。それにほっと胸を撫で下ろす。自然と力の入っていた肩から力が抜けた。でも、その時に見えたのは視界の隅に映った女の子。今まで見たことのない子だった。フェンス越しにコート内を見ている。視線を辿れば、白石にぶつかった。それに気づいたのは私だけじゃなかったようで、財前はつかつかとその子の方へと向かっていった。2人は知り合いなのだろうか、と見守ってみることにする。女の子は前に立ちはだかる財前をかいくぐろうと移動してみるものの、財前は同じように移動して彼女の視界に白石を入れないようにしている。ついに女の子は大きな声を出して財前を睨みつけた。あぁ、またやっかいなことになると仲介に入ろうとした私よりも先に白石が2人の元に行った。その瞬間に財前を睨みつけていた彼女の瞳はキラキラと輝き出して、背筋もぴんと伸びてしまった。あぁ、分かりやすいなぁと小さく笑ってしまった。なにを話しているのか、声はこちらまで届かないけれど少ししてから彼女は背を向けて走り去って行ってしまった。白石と財前は少し話した後、またバラバラに練習に戻って行く。それを見届けて、私も洗濯をする為にその場を後にした。

基本のメニューをこなした後、男子女子合わさってミクスドの練習試合をすることになった。たまにこうやって遊びを取り入れたりして、テニスを楽しむ。これはこの学校のいいところだと思う。その試合の間中、私はオサムちゃんの隣に座っていた。私がベンチに座って試合のスコアをつける準備をしていると、オサムちゃんが「青春やなぁ」と隣に座って来たのだ。それだけのことで私は嬉しくて舞い上がって心臓がいつもより早く動く。
白石と明依のペアと謙也と女テニの部長のペアの試合。今日はこの試合で部活が終わる。明依は本当に楽しそうにテニスをする。いつだってテニスが1番で、それに全力を出す。ぴょんぴょんと跳ねる彼女を見て、オサムちゃんが「若いなぁ」と言った。それになんだか切なくなって、視線を泳がせた。そうすれば、謙也が視界の中に飛び込んできて、また切なくなった。
一直線に注がれる好意。それはとても嬉しいと思う。自分のことを誰かが好きになってくれるって、奇跡みたいなことだと思うから。しかし、それと同時にどうすればいいのか分からなくなる。好きだと言ってくれる人を自分が好きではなかったらどうするのだろう?好きだった場合は?好きだった場合でも問題がある場合だってあるじゃないか。例えば、教師と生徒とか。なんて、オサムちゃんが私のことを好きだなんて自惚れているわけではないけれど。でも、私の気持ちはオサムちゃんにとってどうなのだろうか。誰にもこの気持ちは打ち明けていない。けれど、見ただけで分かってしまうような気持ちもある。さっきの白石を見つめる女の子とかいい例だと思う。きっとオサムちゃんから見たら私は生徒で子どもなのだ、といつだって考えている。それは辛いけれど、現実だと思う。じゃあ、私の気持ちはオサムちゃんにとっては迷惑でしかないのかな。
そう考えた時、観戦者の声が大きく響いた。私が顔を上げてみると、謙也が打ったボールが白石と明依の隙を突いた場所に落ちてバウンドした。きっと、みんな点が入ると思っただろう。私も思った。けれど、明依は諦めることはなく、ボールを追いかける。そして、そのまま腕をめいいっぱいに伸ばして、ボールに向かって跳んだ。そうすれば、見事に明依はラケットにボールを当てることに成功して、そのボールは相手のコートに入って行った。観衆は息を飲み込んで静かだ。飛び込むかのように顔面から転んだ彼女が起き上がって沈黙を破った。両足からは血が流れている。それなのにそのまま試合を続けようとする彼女を白石が止めた。私のいる場所からは白石の表情は分からない。けれど、「消毒が先やろ」という低い声はここまで届いた。明依は抵抗していたけれど、白石が無理矢理に抱えたのだ。それはお姫様抱っこといわれるやつで、女子は悲鳴にも似た声を上げた。男子からもざわめきが聞こえる。私は救急箱を取りに行こうと立ち上がると、人ごみの中に部活の始め頃に見た白石にキラキラとした視線を送っていた女の子を見つけた。彼女は白石を呆然と見つめていた。横には財前がいる。私はその二人の様子に一瞬気をとられてしまったけれど、目的を思い出して慌てて走り出した。

結局、私は救急箱を持ってきただけで、きちんとした手当は白石がした。保健室に入り浸ってるし健康オタクだし。まぁ、多分それだけじゃないけれど。白石は手当をしながら淡々と今回のことについて話した。静かだけれど、怒りを含んだその声に明依の肩と頭は下がっている。私はその肩を見ながら、明依に心の中で問いかけた。白石の怒っている本当の意味、その本当の矛先を知っているかと。きっと白石は自分とペアを組んだというのに、怪我をさせてしまったことに怒っているんだよ。止めることも、変わることもできなかったから。ねぇ、明依。分からないでしょう?
オサムちゃんが苦く笑いながら明依の頭を撫でた。あんまり無茶せんように、って。その様子を見て、私はまた思考の波に溺れる。白石は財前の横にいた彼女の好意をどう思うのだろうか。きっと聡い彼はもう気づいていることだろう。そして、鈍い明依は白石の気持ちに気づいた時、どうするのだろうか。自分の気持ちに気づくことすらしない明依を白石はどう思っているのだろうか。オサムちゃんは私の気持ちをどうするのだろうか。そして、私は謙也の気持ちをどうするのだろうか。




いつからわたしの心はおだやかじゃなくなったのかな




title:深爪
2013.06.17




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -