あの人を見た瞬間にビビビと来た。血液が沸騰したんじゃないかと思うくらいに体中が熱くなったし、その人しか見えなくなった。財前の言葉にあたしはやっぱり!と嬉しくなったけれど、白石さんは話が飲み込めていないために曖昧な笑みを浮かべていた。気づけばあたしは名乗って毒草聖書が好きだということと、その魅力についてをたっぷりと語っていた。財前があきれて顔を歪めていたけれど、白石さんは「おおきになぁ」と笑ってくれて。その笑顔も素敵で私はさっきまで喋ることを止められなかった口を閉じた。予鈴が鳴って「あぁ、行かな」と白石さんは行ってしまった。その後ろ姿が見えなくなるまで見送って、そして見えなくなるとあたしはうっとりと息をついた。財前がキショいとか、お前のせいでなんの用事か分からんかったやないかとか色々文句を言っていたけれど、いつもみたいにイライラしなくて言い返すこともしなかった。なぜかって?白石さんのことで頭がいっぱいになっていたから!


これは恋だ。絶対にそうだ、と念じながらテニスコートへと向かう。休み時間のことを思い出すと、自然に口角が上がってニヤニヤとしてしまう。会いたい、会ってみたいと思ったらすぐに会えたなんて。運命でしょ!と進む足取りは軽快だった。でもまだあたしは白石さんのことをなんにも知らないし、今日の部活は基礎練習だし、とりあえず部活を見学にでも行こうかなと思い立ってみたのだ。テニスコートに着いてみれば、すぐにユニフォームを着て他の部員に指示を出す白石さんを見つけた。どんな格好でも、どんなに人が多くても見つけてしまうなんて。やっぱりそういうことでしょう?


「お前はストーカーなんか?」


白石さんを見てうっとりとしていたら、聞き覚えのある声が。声の主はすぐに分かった。その主の顔が浮かんできて、一瞬にしてあたしのキラキラと輝いている視界が現実に変わる。横を向けば予想したとおりの人物がフェンス越しにいつもの仏頂面で立っていた。思わず顔が歪んでしまう。声の主―財前はあたしのその表情も気に食わなかったのか、目の前まで来てあたしから白石さんを見えないようにした。一歩横にずれれば、財前はそれと同じように一歩ずれてまた白石さんを隠してしまう。それを何度か繰り返せばイライラとした感情が募る。「なんなんよ!」と大きな声を出せば、「きしょいストーカー女から先輩を守ってるだけや」と返されて、また苛ついた感情が大きくなった。


「はいはい。どうしたんや」


がるるる、と噛み付く勢いで財前を睨みつけていた。財前はそんなあたしに冷たい視線を投げかけている。そんなあたしたちの間に割って入る人物。(まぁ、実際にはフェンスという隔たりがきちんとあるのだけど。)それが白石さんだと分かった瞬間、あたしは目を大きく開いて、さっきまでのけんか腰の態度を改めた。背筋をぴんと伸ばす。財前はそれを見て鼻で笑う。その態度にまたカチンときたけれど、白石さんの前だったからなんとか堪えた。けれど、財前はそのままあたしを指差して「こいつが部活サボってここにおるから注意してたんすわ」と白石さんにチクるものだから、あたしは心の中で絶対に覚えてろよと財前に悪態を吐いた。


「え、安西さん部活サボってるん?そらアカンで。何部なん?」
「あ、…えと、陸上部です。でも、今日は基礎練だし…」


注意されているというのに、白石さんに名前を呼ばれたことや部活を聞かれたことが嬉しくなってしまった。そして、言い訳も付けてしまう。できるだけ好きな人には自分の嫌なところは見られたくない。


「安西さん、基礎も大切なんやで。それがなきゃ、応用なんてできへんし、その積み重ねが大切になる時がくる。それはテニスでも陸上でも同じだと思う。だから、今からでも部活にいってき!」


もじもじとして浮ついたあたしの態度とは裏腹に白石さんの顔は真剣になって、切々と語り始めた。その真面目な眼差しをした瞳に見つめられて、急に自分が今ここにいることが恥ずかしくて仕方ないことのように感じる。「はい…!あ、ありがとうございます。行ってきます!」と吃りながら、声を震わせて言えば、白石さんは優しく笑って「おん。いってらっしゃい」と見送ってくれた。くるりとテニスコートに背を向けて走り出すと、財前の小さなため息が聞こえたような気がした。



部活に行けば、監督にこってりと絞られた。それは自分が悪いから仕方のないこと。そして、今までつまらないと思っていた基礎練習もそんなにきついと思わなかった。白石さんは今日初めて会ったばかりのあたしをきちんと叱ってくれた。それも真面目に。怖いとか、うざいとかそんな感情はわき上がらなくて、ただ部活をサボっている自分が恥ずかしくなって、そして嬉しかった。白石さんがあたしのことを考えて怒ってくれたということが。まだ会ったばかりだというのに、どんどん気持ちが膨らんで行く。気づけば、部活を終えたあたしはまたテニスコートへと向かっていた。うちの学校でも特に強いテニス部はどの部活よりも遅くまで練習しているとついこの前学校新聞で読んだ。もしかしたらまだいるかもしれない、と行ってみると歓声が聞こえた。
そっとフェンス越しに中を見てみれば、男女のペアが試合をしていた。そのうち片方が白石さんだった。白石さんのペアの女の人はぴょんぴょんとコートの中で跳ねていた。それはもう楽しそうに。白石さんは彼女を「明依」と呼んだ。相手のペアは髪を明るい色に脱色した男の人と女テニの部長らしい(私のクラスメイトの1人が彼女を「部長!ケンヤ先輩!」と呼んで声援を送っているのが見えた)。ケンヤという人が打ったボールは白石さんのペアの隙を突いた場所でバウンドした。あぁ、点がとられてしまう―と当たり前のように白石さんを応援していたあたしは思った。きっとその場にいた全員がそうだと思う。けれど、白石さんとペアを組んでいる彼女は違ったようで、自分のいる場所から遠く離れた場所で跳ねたボールを追いかけ始める。間に合うはずがないと思ったけれど、彼女は腕をめいいっぱい伸ばし、そのままボールに向かって跳んだ。見事に彼女のラケットにボールが当たり、そのまま相手のコートの中に吸い込まれるようにして入っていった。そのボールは少し回転してからその場にとどまる。派手な音をたて顔面から地面に飛び込むかのようにしてボールを返した彼女の姿に周りは静かになった。闘っていた相手でさえも動きが止まっている。その沈黙を破ったのは誰でもない彼女自身で、やったー!と両腕を上げて起き上がった。その両足は血だらけで離れた場所にいるあたしからでも、大きな傷を作っていることが分かった。そのまま試合を続けようとする彼女のラケットを握った腕を掴んだのは白石さん。彼は眉間にシワを寄せて不機嫌を隠そうとせずに立っていた。注意してくれた時には全然思わなかったのにその顔を見てあたしは怖いと思った。


「消毒が先やろ」


そういった白石さんの低い声がここにまで届く。なぜだか、あたしの胸はざわめいてドキドキとうるさい。血をドクドクと流し続ける彼女はその言葉に反抗しようとした。それでも、白石さんの表情は有無を言わせない。そのまま彼女をお姫様のように担ぎ上げた彼をあたしは王子様みたいだ―と思ったのだ。


「分かったやろ?」


気づけばまたフェンスを隔てて隣に財前がいた。そう、王子様の瞳に映るのはあたしじゃないのだ。財前はいつも通り無表情で、瞳の色は窺えない。あたしはそんな財前からまた白石さんに視線を移す。その後ろ姿を見ると痛くて切なくて、でも甘かった。




甘ったるいナイフのような




title:Fascinating
2013.05.11




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