わたしはこの気持ちを口に出したりはしないと決めていた。


今日はテニス部の方だ、とHRが終わってすぐにテニスコートへと向かった。すると、部室の前で萌ちゃんと白石くん、謙也くんが笑っていて、どうしたのかと疑問に思う。近づけば、わたしが聞くよりも先に白石くんが教えてくれた。


「明依ってほんまにテニス好きやねんなぁ」


その言葉に明依の行動が少しだけ分かったような気がしてわたしも笑ってしまった。明依は小さい頃にテニスを始めてからずっと続けている。テニスが本当に好きで、人生のほとんどをテニスに捧げていた。そんな明依をわたしは小さな頃からずっとかっこいいと思っていたし、すごいとも思っていた。多分明依をそんな風に笑ってる3人もそうなんだと思う。わたしが女子テニス部のマネージャーになったのは自分が誘ったからだと明依は思っているのだろうけれどそれは少し違う。もちろんきっかけはそれだった。けれど、本当はそんな風に楽しそうにテニスをする明依のことを見ていることが好きだったから。運動が得意ではないわたしにはかっこよくて、キラキラと輝いて見えたんだ。そして、テニス部に入ってからは明依だけじゃなくて、テニス部のみんなが輝いていた。女子も男子もみんなテニスのことが好きで頑張ってる。だから、わたしはテニス部に入ってよかったなって思うんだ。
部室に入ってみんなが笑っていたことを明依に話してみれば、ため息をついて「うちって変かなぁ」だなんて言う。そんなつもりで言ったわけじゃないし、ありえるはずもないのに。みんなそんな明依のこをが好きなのに。それを必死で説明すれば、明依は笑ってくれた。そして、じゃれ合えばいつもの2人の完成。こんなわたしたちが好き。




部活が終わって明依と一緒に帰ろうと、先に着替え終わったわたしは部室の前で待つ。壁に寄りかかれば、今日の部活で疲労が溜まっていたということに気づいた。でも、わたしよりも選手であるみんなの方が疲れているんだと思い直す。ふぅ、とため息をついてからフェンス越しに男子部員の使うテニスコートに視線をやってみれば、人の陰はまばらでわたしが見たかった人の姿はなかった。残念に思いながら俯いてローファーに履き替えた自分の足を見つめていると部室のドアが開いた。


「おまたせしました」
「いえいえ」


小さい体に大きなラケバを背負って明依が出て来た。そして、2人で並んで歩き出そうとしたその時だった。「望美〜!」とわたしを呼ぶ声が聞こえてくる。その声はどんどん近づいてきて、走る足音もそれと一緒に聞こえてきていた。それに比例するみたいにわたしの胸は大きく鳴ってしまう。声の主はとっくに分かっている。隠れてしまいたかったけれど、そんなこともできるはずがなくて、声の持ち主である金ちゃんは足が速くてオロオロするだけのわたしの前にすぐに現れた。金ちゃんはそんなわたしに気づきもせずに手をとって走り出す。どうすればいいのか分からないまま引っ張られて、それに合わせてわたしの足も動き出す。そのまま後ろを振り返ってみれば、目も口も大きく開いて呆然と立ち尽くす明依の顔が見えた。胸はもうこれ以上ないんじゃないかっていうくらいに早く動いていて、その音のせいで金ちゃんの「おいしいたこ焼き屋みつけたんやで。一緒に食べに行こうや!」という声はわたしの耳には届かなかった。




金ちゃんとの出会いは放課後の廊下。まだ入部したばかり頃だった。彼が転んで膝から血を流しているのを見つけたのだ。その日は映画部の活動があったからそっちの部室に向かっている途中だった。金ちゃんはテニス部の方へ向かうところのようで、背中にラケットを背負っていた。すぐに駆け寄る。金ちゃんはわたしのことを知らなかったみたいで驚いていたけれど、わたしは金ちゃんのことを知っていた。入部したばかりで一応男女別れてはいるけれど、テニスコートも兼用だし、なにより金ちゃんはもうすでに有名人だった。テニスが強いことで部活内で有名だったのはもちろんだけど、それだけじゃなくて奔放な性格だということでも学校中で有名になっていたから。
ポーチの中からいつも持ち歩いている絆創膏を取り出して、血の出ている膝小僧に貼ってみせれば、彼は人懐っこい笑みを浮かべて立ち上がった。


「姉ちゃん、おおきに!」
「どういたしまして。体は大事にせなあかんよ。テニスできなくなってまうかもしれへんからね。遠山くん」


わたしがそう言うと、彼は大きな瞳をもっと大きくして首を傾げた。わたしの方が少しだけ背が高くて、見上げてくるその姿にわたしはとても微笑ましい気持ちになったのを覚えている。


「わいのこと知ってるん?」
「おん。有名やもの」
「そうなんかぁ。よう分からんけどほんまおおきに!」


そう言って走って行く彼。わたしはその後ろ姿を明依に似ているなと思いながら見送ってから部活に向かったのだ。(後日、あの転んだ時のことを聞いてみたら、早くテニスがしたくて走っていたら転んでしまったんだとか。それを聞いて余計に明依に似ていると笑ってしまったんだ。)
その次の日、テニス部の活動をしようとテニスコートに向かえば、昨日初めて話した彼が不思議そうな表情をしながら寄ってきた。わたしが女テニのマネだと分かると納得したみたいでニコニコを笑った。


「そうやったんや!じゃあ、これから仲良うしてな!」




それから、どうやらわたしは金ちゃんに気に入られたようで部活の時はもちろんのこと、それ以外でもよくそばに寄ってきてくれるようになった。今みたいに強引に連れ出されることだって初めてじゃない。
金ちゃんはいつも楽しそうに笑っていてなにに対しても全力だ。そんな金ちゃんと一緒にいるのが楽しく思えて、話しかけて笑ってくれることが嬉しいと思うようになっていた。気づけば金ちゃんは他の人よりも大きくキラキラと輝いているように見えていた。

目の前でたこ焼きを頬張る金ちゃんを見つめる。おいしそうに口いっぱいにたこ焼きを放り込んで、リスみたいに頬袋が膨らんでいる。口のはしっこにはソースがついていてそれがまたかわいいと思った。
わたしの胸はまだいっぱいでせっかく金ちゃんが一緒に食べようと連れてきてくれたのにたこ焼きが全然喉を通らない。それでも食べようと爪楊枝に1つ刺してみれば、その手をとられてあっという間にたこ焼きは金ちゃんの口の中に入っていった。


「望美が悪いんやで!いつまでも食べへんかったから!」


そんな風に唇を舐めながら笑う金ちゃんにまだ掴まれたままの腕と顔が熱くなる。わたしは金ちゃんみたいに無邪気に異性に触れるほど子どもじゃない。だから、その仕草1つ1つにどうしようもなく動揺してしまう。それがなんだかキラキラしている金ちゃんとは違って汚らわしく感じてしまってどうしたらいいのか分からない。でも、そのキラキラしている金ちゃんのことをわたしはきっと好きなのだということだけは分かっていた。だけど、その想いは絶対に口に出すことはしないと決めていた。好きなのは本当。それでも、多分わたしは金ちゃんのことをどこかでまだ子どもなのだと決めつけている。




怪物少年の爪痕は綺麗だ




title/深爪
2012.05.05
2013.03.09




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