黄色いボールを無心になって追いかける。その瞬間がたまらなく好き。


早く!早く!そう思いながら待ちに待った部活の時間。大好きなテニスができる時間。うちの大好きな時間。だからいつも帰りのSHRでの先生のギャグにうちはあんまり笑うことができない。


「白石!謙也!はよ部活行こ!」


同じクラスで同じテニス部(男女別だけど)の仲がいい2人に声をかけた。それに白石は困ったように、それでもきれいな微笑みで返してくれて、謙也は「スピードなら負けへんで!」と元気よくのってくれる。でも、廊下は走ったらあかん!と白石がうるさいから早歩きで我慢!
3人でいつも通り、テニスコートまで歩いていると途中で萌に会った。萌はうちらに気づくとにこりと笑って手を振った。その瞬間、隣にいた謙也の喉がごくり、となるのをうちの耳は感じ取る。それは初めてのことじゃない。でも、それがどんな意味を持つのかうちには分からないのだ。


「萌!やっと部活の時間だよ!」
「本当に明依はテニスが好きやねぇ」


話しかけながら隣へ行くと萌がふわふわと笑う。うちは萌のそんな笑い方が好きだ。
男女別れていると言ってもテニス部はそんなに隔たりもなく、みんな仲がいい。萌とは同じクラスになったことはないけれど、部活のおかげで仲良くなることができた。テニスってほんまにすごいなと思う。
目的地は同じなので、そのまま4人でテニスコートまで向かえば、もうすでに何人かいて、うちの大好きなボールを打つ音、バウンドする音が聞こえて胸が躍る。早く着替えようと走り出してから、「あぁ!」と思い直して振り返る。


「じゃあ、部活頑張ろうなぁ!」


そう言って手を振ればここまで一緒に来ていた3人は大きく笑った。「お前張り切りすぎやろ」だなんて言って。ちょっと恥ずかしくなったけれど、だって好きなんだもの。頬を膨らませながら部室に入った。そんなうちの姿を3人が見つめていたなんて知らずに。
着替え始めようとした瞬間、部室のドアが開いた。入って来たのはマネージャーの望美だった。うちと望美は幼なじみだ。このテニス部のマネをするのを決めたのもうちが誘ったから。その望美は笑っていた。


「萌ちゃんと白石くんと謙也くんが明依のこと見て笑ってたよ。本当にテニスのことが好きなんだねって」


まだ笑ってたのか、と熱くなる頬を両手で挟む。そんなにおかしかったかな、そんなに大好きオーラが全面に出てたかな、と考えてみる。あぁ、でもいつも部活前ははしゃいでしまっている気がする。はぁ、とため息をついてから自然と零れてしまった言葉。


「うちって変かなぁ」


その言葉に隣で着替えていた望美は制服のワンピースの下にジャージという変なスタイルのまま、大きな目をぱちぱちとまばたかせてうちのことを見つめた。それから、すぐにくすりと笑った。


「変じゃないよ。好きなことを好きって自信を持っていえる明依はすごいことやと思うよ。それに笑ってた3人もテニスが好きなのは変わらないやないの」


優しい声に優しい眼差し。望美の言葉を聞いて、確かにそうだなと納得した。だって、みんなもテニスのことが好きなのは変わらない。ジャージに腕を通せば、望美は「それに―」と言葉を繋げた。


「少なくともわたしはそんな明依のことが好きやで」


嬉しくなってタックルをするかの勢いで抱きつけば細い望美の体はよろけた。2人で意味もなく笑っていたら次に入ってきた部長に気持ち悪がられてしまった。それでも嬉しくて楽しい気持ちは抑えることはできなくて、また2人で顔を見合わせて笑った。その日の部活はいつも以上にテニスが楽しく感じられた。





部活が終わって望美と帰ろうとうちは急いで着替えていた。先に着替え終わった望美は部室の前で待ってくれている。こういう時ワンピースの制服はボタンもなくて着替えやすいと思う。ただ、背中のチャックがめんどくさいけれど。着替え終わり、ラケバを持って部室を出れば望美がにこりと笑って迎えてくれた。「おまたせしました」と言えば、「いえいえ」と返ってくる。そして、2人で歩き始めようとしたその瞬間。大きな声が聞こえた。それは望美の名前を呼ぶ声で、どんどん近づいてくる。その声の主は金ちゃんで、うちらの前までやって来ると彼は望美の手を握ってまた走り始めた。呆気にとられたうちはどうすることもできずにただ立ち尽くしてしまう。その間にもどんどん望美は遠くなる。望美も急なことに驚いているのか、目をまんまるにしていた。それでも、引っ張られて足を忙しなく動かしている。うちらのそんな様子に気づかない金ちゃんがはつらつとした声で「おいしいたこ焼き屋みつけたんやで。一緒に食べに行こうや!」と聞こえた。
2人の姿はすぐに見えなくなって、呆然と突っ立って見送っただけのうちはため息を1つ零す。とぼとぼと歩き始めれば、寂しいという感情が露になる。新入生の金ちゃんは随分と望美に懐いていた。彼女は面倒見がいいからそれも納得なのだけれど、そのせいか今みたいにうちと望美が一緒にいる時間が減った気がする。それをうちは寂しいと思ってしまうのだ。
校門を少し出たところで、肩を掴まれてびくりと体が跳ねた。振り返れば白石が笑っていた。


「驚きすぎやろ」


ほっとして胸を撫で下ろせば、力が入って上がっていた肩が下がる。白石には笑われてしまったけれど、その笑った顔がうちを安心させてくれたんだと思った。そのまま自然に隣を歩き始めた白石が1人なのかと聞いてきた。


「おん。本当は望美と帰るつもりやったんやけど、金ちゃんに連れていかれてん」
「はは。望美懐かれてもうたからなぁ」


笑い事じゃないやい、と心の中でため息をつけば、白石の包帯が巻かれた大きな手がうちの頭を撫でた。その感触が優しくて、うちは1度目をぎゅっと閉じて一拍おいてから開いた。


「すまん。寂しいよなぁ。俺も謙也と帰る予定やったんやけど、あいつ呼び出されてん。だから、お互い寂しいもん同士一緒に帰ろうや。送ったるで」
「…しょうがない。白石で我慢したるわ」


白石が優しくて寂しさはどこかに行ったけれど、それが照れくさくてうちは口をとがらせて憎まれ口をたたく。それでも、笑ってくれる白石が友達で良かったと本当に思ったんだ。




新しいあまえ




title/深爪
2012.05.05
2013.03.09




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