「なんか明依先輩大人しいっすね。らしくないっすわ」
「光もそう思う?あたしもそう思う」


広いとは言えないベランダで財前と小春がうちを見つめながらそう言った。うちはそれに「あ…」とか「う…」とか言葉にならない声だけで返事をする。だってなんだか尋問を受けているみたい。


「せっかく優勝したのに嬉しくないん?」


小春の言葉にうちは言葉が詰まる。今日は大阪府大会だった。四天宝寺中学校女子テニス部はストレートで優勝。男子も同じ結果だった。そのお祝いを兼ねて、たこパをしようと今千歳の下宿に来ている。嬉しいに決まってる。嬉しいのになぜか自分の心だけがついていかない。視界が急に解像度を上げたみたいだ。
試合が終わっても体はなにも疲れていなかった。ただずっと出し続けていた声だけが少し涸れていた。ダブルスの試合に出ていた部長は大会が終わるとすぐに最近できた他の部の彼氏と一緒に帰って行った。彼を見上げながら歩く部長をぼんやりと見つめる。はにかんでいるその顔は今まで見たことがないものだった。かわいいなとうちでも思う。でもなんだか寂しかった。だけどそんなことは口には出さずに見送ってから望美と一緒に男子のコートへと向かうと奈緒ちゃんと話す白石を見つける。今回のたこパに奈緒ちゃんも来るのだろうか。そう思うと胸がざわついて、でも白石が奈緒ちゃんと別れてこっちに向かってきたのを見て安心する自分も嫌だった。せっかく白石が「優勝おめでとう」と言ってくれたのにうちは「そっちもね」と返すだけできっと表情も暗かったと思う。
それからうちはここに来るまでただぼんやりとみんなの輪に付かず離れず歩いていた。優勝したせいかみんなのテンションは高くてうちはそれに着いていくことができなかった。特に金ちゃんはなにをそんなに飛び跳ねることがあるのかと言った感じで千歳の周りを飛び跳ねていてそれを制御するのに白石や望美が慌ただしく動いていた。それをサポートするかのように萌がそれ以外の人たちをまとめながら買い物カートを押していた。たまに誰かがいらないものをカゴに入れようとするのを止めたりする萌のことも、そんな萌の気を引こうとする謙也のこともしっかりとうちは見ていた。萌は謙也の気持ちに気づいているのかな、なんて考えながら。


千歳の家に着いてまず萌が「部屋汚なっ!!」と言って、すぐに片付けを始めた。それに倣うように謙也とユウジ、銀さん、小石川が続く。「片付けときなさいよ!」と萌が言っても千歳はヘラヘラと笑うだけ。ユウジが「小春をこんなとこに座らせられん!」と言って積まれた本をかき分けていくし、謙也も「オレにかかればあっちゅーまやで!」と言いながらゴミ袋を広げていた。家主は人に物を動かされても平気らしく、なぜかそこだけきれいな台所でたこ焼きのタネを作り始める。それを望美と白石が手伝い、金ちゃんが手伝いと言いながらぐるぐると周りを回っている。あっという間にみんなそれぞれやることを見つけているのにうちはなにをすればいいのか分からなくなってしまっていた。


「明依ちゃん。こっちこっち」


そんな時にうちを呼ぶ声がしてその主を探すとベランダに出ていた小春が手招きをしていた。隣には財前もいる。そういえばユウジが張り切って「小春はなんもせんでええ!」なんて言って避難させていたかも。財前はちゃっかりしてるなぁと思いながらもそこに入れてもらって安心もしていた。けれど安心したのも束の間。冒頭に戻ってうちは二人からジロジロと観察されていた。二人の絡まるような視線にうちは顔を上げることができない。


「まっ、ええわ」


小春が手をぱんと叩いて言った。さっきまでのわざとらしい険しい表情も無くなって、いつも通りほがらかになっている。空気もさっきまでの張り詰めたようなものは無くなっていた。


「でもね」


ほっとしたのも束の間。小春の顔はまた真剣なものになる。うちはまた体を硬くした。


「せやけど無理して溜め込んだらあかんよ」


思ってもみなかった言葉にうちは体の力が抜けた。目をぱちぱちと瞬いてしまう。そんなうちに小春はまだ優しい言葉をくれた。


「話せる人がいたらちゃんと話すんやで」


そう言った小春は視線を部屋の中へと彷徨わす。それを辿っていくとたこ焼きのタネ作りのチームへと向かっていて。きっと望美や白石のことを言っているんだろうなと気づいた。


「もちろんうちらもいつでも聞くしね!な、光!!」


視線をこちらに戻した小春は財前の腕を取ってウインクをしながら言った。財前は絡めとられた腕を必死に振り解きながら「ま、そういうことっすわ」とだけ言った。


「ありがとう」


二人の目を順番に見つめながら言った。自分でも自分の気持ちを言葉にすることができなくて。その上、話せたとしても嫌われてしまうかもしれないという不安が拭えない。でも、それでも二人からの言葉にうちは大丈夫だと思うことができた。


「あら、ええ顔になったわね」


うちが笑ったのを見て小春がそう言った。それににっこりと笑って返した瞬間にベランダと部屋を仕切っていた窓がスパンと開けられて「なに見つめ合っとんねん!!」という怒鳴り声。そちらの方を向けば眉毛をこれでもかと吊り上げたユウジがいた。


「近所迷惑っすよ」


財前は興味ないというような顔で耳を押さえながら言うけれどユウジには届いていないみたいだ。財前と小春の腕を引き剥がしている。小春が小さく「いやん」と言った。


「浮気や〜!!」


いつものようにユウジは小春に泣きついた。それを見てうちと財前は目を合わせる。うちは困ったように笑って、財前はため息をついて。ここまでがお約束。一件落着。…のはずだったんだけど。


「無自覚で人を傷つけてることもあるんやぞ!」


虫の居所が悪いのかユウジはうちと財前に向かってそう言った。またほこさきが自分達に向かってきてたじろいでしまう。うちはユウジの言葉に動悸が止まらなくなっていた。くらくらとして俯いた。酸素が薄くなってしまったかのように息が苦しい。ユウジがそんなつもりはないのは分かっているのに今のうちには響いてしまった。


「明依先輩?」


財前が名前を呼んでいる。顔を上げると財前はさっきよりも近くにいて、うちを見て少し目を大きくした。そしてうちの肩に手を置いてユウジの方へと顔を向ける。


「それそっくりそのまま返しますよ、ユウジ先輩。明依先輩泣いてるやないすか」


財前の言葉にうちは驚くけれど咄嗟に声が出ない。思わず頬を撫でてみたけれど濡れてはいなかったので安心する。え、なんで財前そんな嘘つくの。
小春も慌てたみたいで抱きついているユウジを引き剥がしているし、ユウジもユウジで「嘘や!嘘や!」とだけ繰り返す。そうだよ、嘘だよと思いながら「泣いてへんよ」と言った声はかすかすだった。そんなうちに比べてそんな声出たのかというくらいの普段では想像できないような声で財前が「ユウジ先輩が明依先輩泣かしたんすけど〜」と室内に向かって言っていて。あぁ、やめて。もっと大ごとになるやんか。バタバタと足音が聞こえてこっちに誰かが向かってきているのが分かる。それも大勢。あぁ、ほら言わんこっちゃない。そう思いながら「泣いてへんよ」ともう一度言う。今度はさっきよりも声が出た。その時にはもう足音は止んでいてこちらを覗き込むみんなの顔。その先頭にいた白石とばっちりと目が合った。


「泣いてへんやん」
「だから泣いてへんって」


白石の後ろにいた謙也が安心したかのように言った。だからうちも大ごとにならないように返す。みんな元の位置に戻っていく。望美はこっちをチラチラと振り返りながら金ちゃんに手を引かれて台所の方へと戻って行った。白石はまだその場に残っていてなにも言わずにこっちを見ている。全然泣いてなんかいなかったのになんでだろう。白石にそんな風に見られてると本当に泣いちゃいそうになる自分がいた。




ぐしゃっと丸めて捨ててしまいたい、こんな感情は




title:エナメル
2024.05.19




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