大阪府大会が行われている今日、私たち四天宝寺は順調に駒を進めていた。ストレートで勝ち進み、あと一校との試合を残すだけ。きっと、その学校にも勝つだろう。私はそう思っていた。今までの実績だけではなくて、私は彼らの努力を、才能を、知っていた。

試合と試合の合間。自由気ままな部員たちはみんなどこにいるのやら。今ここには私と白石の二人きりで。お互い黙ったままなので私は隣の白石をちらりと盗み見た。昨日は様子が少しおかしかったけれど、今日はどうなんだろうか。今までの試合の感じや表情じゃ読み取れない。私はここから少し離れたところにあるコートで試合をしているはずの明依のことを考える。あっちはあっちで試合のことは心配いらないだろう。


「白石さーん!」


そう思ったところで女の子の声が聞こえた。ここは男子の試合会場だから女子の数は圧倒的に少ない。そんなこの場所でその声はとても響いた。私と白石はその声の主の方へ顔を向けると、そこには部活の後に白石と一緒にテニスをしているという女の子がいた。彼女はこちらに大きく手を振って笑った顔を見せている。白石は軽く手を上げて、少し困ったように笑った後で「すまん」と言って、彼女の元へと歩いていく。そうすると、見ているこっちが恥ずかしくなってしまうくらいに彼女はとろけるように顔を綻ばせた。
私はそれを見届けてから、みんなにスポドリでも買おうと歩き出した。もしかしたら、さっき白石が考えていたことは明依のことではなくてあの子のことだったのかもしれないと考える。それはそれでなんだか寂しい気もするし、その方が白石は幸せになれるのかもしれない。自分は関係ないのに勝手にそんなことを考えてしまった。


「ねぇ、四天宝寺の監督見た?!」
「見た〜!!かっこいい〜!!」


自販機にお金を入れたところで後ろの方から聞こえてきて、思わず耳をそばだててしまう。振り向くことができないけれどきっと他の学校のマネだろう。
校内の女子からは服装や性格のせいもあってか結構ぞんざいな扱いを受けているオサムちゃんの外部からの意外な評価を聞いた私はドギマギしてしまった。そうだよね?!と話に入って行きたいくらいに嬉しいようなオサムちゃんのかっこよさを知っているのは私だけじゃないという寂しさの方が勝ってしまうような。なんたるわがまま。


「部員もみんなかっこいいのに顧問もかっこいいとか羨ましい〜」
「ね〜」


彼女たちは私の存在に気づくことがなかったらしくそのまま声はどんどんと小さくなっていって、通りすぎていったことが分かる。他校にまでうちのイケメン揃いの部員たちは有名なのか、と思いながらやっとのことで商品のボタンを押した。そして楽なことばっかりじゃないよと思いながら、彼女たちが本当に四天宝寺に入っていたとしたらオサムちゃんのことで嫉妬したりしていたのだろうかというところまで思考がいってしまってそこから考えるのをやめた。


「オサムちゃんて意外とモテんねや」
「意外とって失礼やな」


今度は違う方向から謙也とオサムちゃんの声が聞こえた。声のした方をこっそりと見てみると自販機のすぐ裏の芝生のところに二人が座っているのを見つけて慌ててまた自販機に向き直る。他に自販機を使いそうな人がいないことに安心しつつ、身動きが取れなくなっていた。


「でもな。あれは自分らのモテとはちゃうんやで」


このままバレないように帰ろうとそろりと動き出そうとした瞬間にオサムちゃんが話し始めて、その意味が気になってしまった私の動きはピタリと止まる。謙也もそれは同じようで「意味が分からへんねんけど」と言った。


「俺のはな。ただの憧れってやつなんやで。好きとかとちゃうやつ。自分らの歳くらいやと年上に憧れるもんなんや。それを勘違いしとるだけ」


私は熱い日差しに照らされているのにどんどんと体温が低くなっていくように感じた。視界もぐらぐらとする。私の気持ちもオサムちゃんからはそんな風に見えてしまうのだろうか。


「はぁ?!そんなん分からんやんか!!」


気持ちが深く深く沈んでいってしまいそうになったところで謙也の大きな声が繋ぎ止めた。その声はなぜか怒っているみたいで。


「でもその気持ちがずっと続くわけやないやろ?」


それに対して、オサムちゃんは静かに答えていた。私は今、このオサムちゃんに対する気持ちがずっと続くと思っているよ。でもそんな風に思っていることすらもオサムちゃんにとったら子どもに思えてしまうのかな。私はオサムちゃんに釣り合うために、見つめてもらえるように早く大人になりたくてもどかしいのに。その想いが余計に自分を子どもだと思わせる。
ぶつり、と自分の中でなにかが切れた。私は自販機にもう一度お金を入れて、スポドリのボタンを今日いる人数分押す。その度にがこんと音がしてペットボトルが落ちてくる。足りなくなったらまたお金を足して。大量に買う音に驚いたのか、オサムちゃんと謙也が自販機の裏から顔を出した。


「なんや、萌やったんか」


そうオサムちゃんは言った。私は唇をぎゅっと噛み締めていた。オサムちゃんの前でそんな顔をしたくないのに。私はそうしていなければ、気持ちを抑えることができなかった。


「みんなの分買うたんか?優しいな。でもそういうんは俺が出すんやから萌はそんなことせんでええんやで。ほら」


そう言ってオサムちゃんはお金を私に渡した。それすらも私たちの立ち位置を示しているみたいで。そしてその声が異常に優しくて私が聞いていたことに気づいたのかもしれないと思った。自分がここにいることを知って欲しくて私はこんな風に行動したのだけれど。でもこんな風になるのならしなければよかったと思った。オサムちゃんの顔も謙也の顔も見れなかった。



試合は思っていた通りに全てにおいてストレート勝ち。やっぱり四天宝寺は強いのだ。私は嬉しいはずなのに、感情はずっと冷たいままだった。金ちゃんはこれから千歳の家でタコパや!望美や明依も呼んだと言って騒ぎ始める。さっき試合が終わったばっかりなのに元気だなと思う。視界の隅では白石はあの女の子と話していて。自分だけが浮いているような気になってしまう。


「元気やなぁ。ほら、若者だけで楽しんできなさい」


そう言ってオサムちゃんはまた私にお金を渡したけれど、金ちゃんが「おおきに!」と言って受け取って千歳の元へと駆けていく。「これで足りるか?」と言っているのが聞こえる。オサムちゃんの笑う声が聞こえたけれど、そっちを向くことができなかった。私はいまだにオサムちゃんの方を見れないでいた。


「オサムちゃんも来たらええやん。どうせ、テニス部だけやで」
「ええんやって。こういうのは大人が入らん方が楽しいんやって」


またそういうことを言う。そう思いながら自分の唇が尖っていることに気づく。


「なんや、唇尖らして。かわええな」


かわいいという言葉に私は思わずオサムちゃんの方を見る。やっとオサムちゃんの顔を見れた。その顔はやっぱり優しくてかっこよくて。大好きだと思った。でもきっとそのかわいいも子どもだからなんでしょ?


「ちゃんとはよ帰るんやぞ。ほら、みんな待ってるで」


そう言って私の背中を押したオサムちゃんの手は熱くて。その部分だけが火傷したみたいに熱い。私の顔も多分、真っ赤だと思うけれど、こんな気持ちも勘違いだと思っているんでしょう?身体だけが熱くて、心が冷たい。それを感じながら私のことを待っていたみんなの元へと歩いた。




この熱も冷たさも全部あなたのせい




2022.06.29




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