公園のベンチにあたしと財前は並んで座っていた。財前は黙ってあたしにすぐ近くの自販機で買ったスポーツドリンクを渡してくれて、あたしも黙ったまま受け取った。それを見届けた財前は自分も同じスポーツドリンクを飲み始めた。でもあたしはまだ飲むことができない。蓋を開けることすらできていなかった。二人とも黙ったまま時間だけが過ぎていく。財前はあたしが話し始めるのを待っているのだ。またあたしは財前の優しさに触れた。
今朝、本当は財前を見たら甥っ子のことでからかおうと思っていたんだ。でもいざ朝練が終わって教室にやって来た財前の顔を見たらなんにも言葉が出てこなくて。おはようの一言すら言えなくて。ただじっと見つめてしまったんだ。そんなあたしの視線に気づいた財前は「なんや」とだけ言って。そうしたらあたしの目からぽろりと涙が出てきてしまったんだ。財前がぎょっとしたのが分かる。けれど自分もその涙に驚いていて、慌ててその頬に伝った涙を拭うことしかできない。


「じ、実は昨日…」
「今はええ。部活のあとなら話聞いたるわ」


涙の理由である昨日の出来事を話そうとすると財前がそれを遮った。あたしはそれに頷いて今のこの状況だ。あたしは貰ったペットボトルの蓋を開けて、中身を一口飲み込んだ。そして意を決して昨日のことを話し始める。
昨日、あたしは気持ちを抑えきれずに白石さんに気持ちを伝えた。でも話の流れのせいかわざとはぐらかされたのか。白石さんはきれいに笑って「そんなに好きでいてくれるなんて嬉しいわ!毒草聖書!」と言った。


「好きってことうまく伝わらんかった…」


またあたしの目から涙がこぼれた。でも朝と違って今度はとめどなく溢れてくる。昨日は白石さんに告白を躱されても笑って誤魔化すことができたのに。家に帰っても変に気まずくならなくてよかったなんて一人で呟いてみたりして泣くことなんてなかったのに。なんで財前の前でこんな風に弱音を吐いて涙を流してるんだろうか。あぁ、でもそうか。あたしの白石さんへの気持ちを知っているのは財前ただ一人だ。


「伝わらへんかったらまた伝えたらええ」


ずっと黙っていた財前から出た言葉はあたしの思っていたものとは全然違っていて。思わず彼の顔をまじまじと見つめてしまう。それでも財前はいつもと同じスンとした無表情だった。あたしはポカンと口を開けてしまった。


「あほヅラ」


口を開けたままのあたしに財前はそう言った。でも続けて「涙は止まったみたいやな」と言う。頬に触れると確かに濡れていたけれど、もう新しく涙がこぼれてくることはなかった。なんだこれ。財前はあたしが白石さんのこと好きなのが気にいらなかったんじゃないのか。そう思ったけれどその財前に相談したのはこのあたし自身だった。そして自分でも驚くことに今あたしは財前の言う通りだと思い始めていた。


「確かにそれもそうやな。今度は絶対にはぐらかされないようにちゃんと告ったるわ」


ペットボトルを両手で握りしめて言えば、財前は驚いた顔をした。自分が言ったくせに「立ち直るの早すぎやろ」と。でもすぐにくつくつと笑い始めて「お前らしいな」と言った。あたしは財前でもこんな風に笑うのかと思う。そんな風に考えながら見つめてしまっていると、財前がその視線に気づいたのかすぐに笑うのをやめてあたしのことを見つめ返した。目と目が合う。一瞬の沈黙。それがさっきのあたしが話し始めるのを待っている時の静けさとはまた違っていて、息が苦しくなってしまった。


「なんでみんなそんなにひたむきなんやろ」


財前はあたしを見ているようでいて、どこか遠くを見ているようでもあって。そして、財前はみんなと言った。あたしのことだけじゃないのだ。誰のことを言っているのだろうと思ったけれど、聞くことはできなかった。すぐに「ま、今回は俺のおかげやけど」と言って、いつもの財前に戻ったから。それにあたしは「今回ばっかしはほんまにそうやわ!」と素直に言ってみる。そして「ありがとう」も付け足す。それにまた財前は目をまん丸にした後、いつものように仏頂面で「感謝せぇよ」と言ったのだ。いつも通りの財前との会話にあたしは安心して笑ってしまった。もう涙は完全に乾いていた。



翌日、部活が終わった後にテニスコートに足を向けた。そこには白石さんしかいなかった。明日は大会なのに残っていてくれたのか、と思って近づくと、白石さんがあたしを見つけてその瞳が揺れたのが分かる。


「昨日はすみません。急に休んで」
「別にええよ」


1日空けて会う白石さんはやっぱりきれいで、そんな白石さんを目の前にするとあたしの胸はどうしても高鳴ってしまう。懲りないなと思いながらも、あたしは昨日決心したことを告げた。


「あたし、白石さんのことが好きです」


今度はしっかりと、ストレートに告げる。これで今回はきっと白石さんもはぐらかすことができないだろう。


「ごめん」


白石さんは頭を下げた。ほらね、今度はちゃんと応えてくれた。分かってた答えを。「好きな人がおるんですよね?」と問えば、頭を上げた白石さんは「知っとったんやな」と切なげに笑った。それにあたしは黙って頷いた。


「一昨日も伝えてくれとったんよな?」


少しの間、静寂が流れた後に白石さんはそう言った。あたしはまた黙って頷く。そのまま視線が合わせられなくなって下を向いた。


「ごめんな。断る勇気もなくて曖昧にはぐらかしてしもて」


こんな時でも白石さんの声は優しくて、鼻がツンとして、涙を堪えようとして顔が強張ってしまう。俯いててよかったと思うけれど、それに追い討ちをかけるように白石さんは話し続ける。


「こんな俺にもう一回伝えてくれてありがとう。気持ちに応えられなくてごめんな」


あたしはまた首を横に振る。そうすると堪えてた涙がこぼれ落ちて、その部分だけテニスコートの色が濃くなってしまった。それを見てから一度大きく息を吸って顔を上げた。


「明日、試合ですよね?」
「え、お、おん…」
「あたし見に行きます!あとっ、これからもテニス教えてください!!」
「で、でも…」


白石さんはあたしの迫力に少し押され気味だった。自分自身その勢いに少し驚いている。でもあたしの口は止まらなかった。


「あたし、テニスも白石さんのことも好きです!別にあたしの気持ちに応えてくれなくてもいいんです!まだ一緒にいたいです!」


ぽかんとしている白石さんに涙目のあたしは一歩迫った。さっきまで見つめられなかったその瞳をぐっと見つめた。息が詰まるくらいの緊張感の中、白石さんは笑い始めて「敵わんなぁ」と言った。その表情が柔らかくて、あたしの肩の力が抜けた。その瞬間に財前の言う通りにしてよかったと思った。応えてくれなくていい、なんて嘘。本当は一緒にいるだけじゃ嫌。でもただの知り合いに戻るなんてことはもうできない。だからこれがいばらの道だと分かっていても走り抜くことしかできない。


「よろしくお願いします、白石コーチ」


あたしはそう言って手を差し出した。きっと握り返してくれると信じて。




走れ、走れ、走れ




2022.03.23




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