お昼休みに謙也と二人でベランダにいた。教室の中でお弁当を食べていた時まで一緒だった白石は委員会で呼び出されて行ってしまった。うちらの上には眩いばかりの太陽があって。その日差しは強い。もう休み時間をベランダで過ごすのはやめた方がいいのかもしれないと思う。もう夏が始まっていた。


「最近、白石忙しそうやな〜。部活の後もなんややってるみたいやし」


軽音部での楽譜を見ながら放った謙也の言葉にうちはにんまりと笑った。そうか。謙也は白石がなんで部活の後に残っているか知らないのか。


「なにけったいな顔してんねん?」


謙也にそう言われてうちはもっと上手に立った気がしてより一層にやりと笑った。そうすると「なんや、腹たつな」と言われたけれどそれは無視した。そして昨日名前を知ったあの女の子を思い出す。安西奈緒ちゃん。あの子はあの後ちゃんと白石にアプローチすることができたのだろうか。きっと部活の後に白石と残れるようにするのだって大変だったはずだ。すごいな、と単純に思う。うちもいつか好きな人ができたらあんな風に行動できるようになるのだろうか、と思ったけれど、自分でもそんな時がくることが想像できなくて笑った。
あのこからの眼差しを受けて、あのこの気持ちに気づいてからうちは色んなことに合点がいってしまった。この前の軽音部が終わる頃に謙也の元にやってきた女の子はきっと謙也のことが好きだったんだろうなとか。あのこのあの眼差しも奈緒ちゃんと同じものだったんだろうとか。そして、うちは直接聞いたわけではないけれど、謙也の答えにはなんとなく気づいていた。


「あ、飴やん!ちょーだい!!」


隣で謙也がカバンをゴソゴソと漁っているのを横目で見ると、その中で飴の袋がこっそりと顔を出しているのを見つけた。謙也は「え〜」と言ったけれどうちは「デザート!デザート!」と食い下がれば、飴玉が一個手のひらに落ちてきた。


「一個だけやで。これは人にあげる用やから」


うちはそれにふ〜んと思いながら「ええの?ありがとう」と言って、すぐに包装を開けて口の中に放り込んだ。なんだか久しぶりの味だなと思って真ん中から割れた包みをくっつけて見つめてみる。期間限定と小さく書かれていた。そして、思い出す。これは去年よく萌が好きで食べていたやつだ。うちもよく貰って食べた。もう今年も出ていたのか。そう思うと同時にうちはしまったと思った。これはうちが貰っちゃいけないやつだ。とはいえ、もう口の中に入れてしまったものは仕方がない。さっきまで感じていた甘酸っぱさが急に苦く感じてしまう。急に視界が開けたら、胸が苦しいことばかりだ。うちは今までもこんな風に知らないうちにみんなを傷つけてきたのかな、と思う。


「なんや。さっきまではニヤニヤしてたくせに」


急に沈み込んだうちに向かって謙也が言った。それに「ん〜」と気の無い返事をする。そして謙也はどんな気持ちでこの飴を買ったんだろうと考えた。好きな人の好きなもの。もしかしたら萌を元気付けようとしたのかもしれない。うちから見た萌はいつもと変わらなかったけれど、もしかしたらそういうことにも気づけるものなのかも。なんて、うちの勝手な想像だけど。口の中で飴玉を転がす。ベランダの手すりの部分に体を預けながら、ゆっくりと目を閉じた。みんな青春してるんやなぁ、と他人事のように考えてしまう。そんな風に考えていると急に頬に冷たいものが当てられた。うちは「ひゃっ」と短い悲鳴をあげて体を上げた。目を大きく開ければ、笑っている謙也といつの間にか帰ってきた白石の姿。二人が示し合わせたのだと分かって、睨むけれどそれは効果が全くなかった。


「ほら、これ好きやろ」


白石がそう言って渡してくれるパックのいちごミルク。さっきうちの頬に当てられたのはこれかと思いながら受け取った。「ありがとう」と言えば、白石はただ「ん」とだけ言って小さく笑う。でもうちは口の中に飴が残っていたからストローをすぐに指すことはなかった。ころり、とまた飴玉を転がすと頬が膨らんだ。それを見た白石は「頬袋すごいな」と言って今度はふはっと大きく笑う。それに反応した謙也もうちを見て笑った。うちは笑われるのは面白くないと思ったけれど、でもこんな時間が楽しいと思った。うちも一緒になって笑った。ずっとみんなで笑っていたい。だけどそんなのは無理なのかなとも思う。うちだけがみんなのような気持ちを知らない。それが少し寂しい。


「明依?」


うちの名前を白石が優しい声で呼んだ。顔を向けると白石が心配そうにこっちを窺っていた。その瞳も声と同じで優しかった。でもその目はきっとうちのこの寂しさを見抜いているからだ。だからすぐにその視線を逸らした。そうじゃないときっといつものように甘えてしまうから。昨日、奈緒ちゃんの気持ちに気づいた時に応援すると決めたのだ。


「なに?」


うちはもう甘えない。そう心に決めて答えた。白石はそれに「いや、なんでもない」と言う。変な風に視線を逸らしたのにそれでもその声は優しかった。うちはまだ少し大きい飴玉を噛んだ。じゃりじゃりと。そして、貰ったいちごミルクにストローを刺す。息苦しさを流すようにそれを飲んだ。横で白石がうちのその一連の動きを見ているのが分かって、視線は向けないままもう一度「なに?」と聞く。白石もやっぱり「なんでもない」と答えた。謙也の楽譜を捲る音が聞こえる。うちはまたストローを咥えた。甘い、と思った。




いつかわたしにも教えてほしい、だから伝えたいことなど空っぽのままで、いいじゃない




title:深爪
2021.10.30




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