「ケンヤに優しくしてやってな」


そう、白石は私に言った。昨日、部室に二人でいた時のことだ。その後
すぐに白石はオサムちゃんの元へとオーダーを提出しに行ってしまった。いつもなら私もついて行くんだけれど、そんなことを言われてしまったら行く気になれなかった。勝手に一人で気まずくなっていて、オサムちゃんと顔を合わせることができなかった。
私は不純な動機でテニス部に入ったくせに、部員のみんなには仲間意識を持っていて。居心地のいいこの関係を崩したくなかった。だからって謙也に当たっていいはずがないのに。謙也が私じゃない誰かを好きになってくれればまた元の関係に戻れるかもしれない。なんて考えはエゴでしかない。仮にそうなったとしても元通りになることはきっとない。今のこの状態ですら、私の好きだった関係ではないのだから。昔のように謙也に接したいなと思う。でも変な風に力が入ってしまって、どうしたらいいのか分からなくなっていた。昨日、白石にあんなことを言われてから調子が狂ってしまっている。でもその張本人である白石もなんだか今日は様子がおかしい。笑ってはいるけれど元気がない。昨日あの後なにかあったのだろうか。少し離れたところにいる一番原因になり得る明依の方を見てみてもよく分からなかった。いつも通りボールを追いかけている。でも無自覚なだけなのかも。あとで話を聞いてみようか。白石は自分から話すタイプじゃないから素直に話してくれるかは分からないけれど。昨日私から明依やあの2年生の女子について聞かなければ、きっとこんな話はいつまでもしなかったんだろうと思う。白石から話すことはなかったはずだ。しかも昨日も結局反撃されて終わったような気がする。
でもまぁ、とりあえず今は仕事を終わらせるか、と仕分けしたボールを見つめる。もうだめになってしまったボールとまだ使えるボール。まず使えるボールを片付けてしまおうと、ケースを一つ持ち上げる。そうすると謙也がやってきて同じように残りのケース全部を持ってしまった。


「これも同じとこに運べばええんか?」
「…うん、ありがとう」


私は笑いながら言った。少しぎこちなかったかもしれないけれど、少しは以前のような振る舞いができたんじゃないかと思う。そんな私に対して謙也が返してきたのは純度100%の笑顔で。それは私には眩しすぎた。
ボールを出す時も片付ける時も謙也はよく一緒に持ってくれる。みんな優しいし謙也が文化部の方に行っている時は他の誰かが持ってくれる時もあるけれど、ほとんどの場合が謙也だった。いつも半分以上持ってくれる。白石があの女の子と残るようになって片付けるボールの量が減ってもそれは変わらなかった。


「結構ボール、ダメになっとたな」
「それだけ練習したってことやない?」
「それもそやな!」


謙也はそう言って用具室にボールのカゴを置いた。私は一年の頃にここに閉じ込められてから、ここに一人で入ったことはなかった。きっとみんなあの時のことを気にしているんだ。だからいつも手伝ってくれているんだと分かっていた。でも私の胸は何故か傷んで。すぐに出て行こうとしたら謙也に「ちょい待ち」と引き止められた。


「手出してみ」


そう言う謙也を訝しく思いながらも私は言われた通りに右手を差し出した。すると「ちゃうちゃう!そうやなくてこう!」と自分で両手を差し出して見せてくる。私はそれに習って同じようにしてみせた。


「次は目閉じて」


さっきからなんなのだろうと思いながらも目を閉じた。我ながら素直だと思う。昨日、白石にあんなことを言われたせいなのだろうか。そんなことを考えていると手になにかが落ちてくる衝撃。思わず目を開くと飴玉がたくさんあった。


「これ好きやろ?」


顔を上げると謙也がイタズラっぽく笑っていた。この飴は去年、私が好きだと言った期間限定の飴だ。覚えていたのか、と思う。


「今年も売ってたで!まだ食べてへんやろ?」
「…おん」
「たまたまコンビニで見つけてん」


饒舌に話す謙也の頬は少し赤い。私はそれに笑ったつもりだけど、きっとうまく笑えていないんだろう。


「今日元気なかったやろ?それ食べて元気だしや!」


そう言って私の背中を叩く。私は飴玉をポケットにそっと入れた。気づかれていたのか、と思いながら。私がずっと謙也のことを考えていたんだと言ったら謙也は傷つくだろうか。それとも喜ぶだろうか。そんなことを考えた。


「てか、この飴どっから出したん?」
「ポケットに入れてたに決まってるやん」
「え、部活中ずっと?!」


うげというように舌を出してみれば謙也が「なんでや!」と言う。それに私は「だって謙也のぬくもりが…」と返した。


「ええやんか!俺の気遣いやで!」
「気遣ってるって言うたら気遣いにならんで」
「ぐぅぅぅ」


唸っている謙也を尻目に一人で用具室を出た。まだ空は明るい。夏だ、と思った。最後の夏がやって来たのだ。


「嘘やで。ありがとう。嬉しかった」


振り返って謙也に向かって言った。そう言えば、謙也は顔を上げて表情も晴れやかになる。「せやろ〜?」なんて言って私の横に並んできて。本当に分かりやすいなと思う。でも少しだけ前に戻れたような気がした。
こんなに分かりやすい謙也もきっとこの居心地のいい関係を壊したくないのだと思う。それは二人とも一緒なのだ。だから私はもう少しだけ気づかないふりをしていようと思う。私はずるい。嬉しいのは本当のことだった。でもきっとこの飴もずっとポケットに忍ばせて私にあげる機会を伺っていたのだと思うとどうしようもなく胸が痛むのだ。




あたえられるぜんぶがあたしのためってきづくだけでこんなにもむねがくるしいのです




title:深爪
2021.06.17




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