自分の行動が正しいのか、と迷いながら打った球はヘロヘロだった。でもそんな球も白石さんは綺麗に打ち返して、あたしが返しやすいようにしてくれる。もう白石さんは普通に笑っていた。それがすごく嬉しくて、あたしと過ごすこの時が少しでも楽しいものであってほしいと思う。そして少しでも長く続きますようにと願うのだ。

それでもやっぱり楽しい時間はあっというまで。部活の後の限られた時間だからと言うのもあるけれど、なんだか物足りないと感じてしまう。でも今日はずっと白石さんと二人きりだったな、と思い直す。今日もいつ財前が来るかと思って何度も出入り口の方を見てしまった。ネットを緩めながらもう一度そっちに視線を向けた。


「今日は財前は来えへんよ」


あたしの視線に気づいたのか白石さんがそう言った。そんな言い方をされてしまうとあたしが財前のことを待っていると勘違いしたのかな、と思ってしまう。いや、そんな、まさかと思いながらもきちんと否定しなければと口を開く。


「いや…」
「今日は甥っ子の用事があるんやて」


聞こえなかったのかあたしが否定する前に笑いながら白石さんが言った。そのきれいな微笑みと意外すぎる言葉のせいで内容が遅れて入ってくる。財前に甥っ子?ぱちぱちと瞬きを繰り返しながら、白石さんを見つめると「あれ?知らんかった?財前に甥っ子いること」とこれまたきれいな顔で返ってきた。あたしは全力で首を縦に振る。甥っ子…この年齢でいるのはかなり珍しい方なんじゃないのかとか考えているとまた白石さんの口から意外な事実が飛び出してきて。


「まだ小さいみたいで、結構かわいがってるみたいやで?」


あの財前が?小さい子を?想像できない。でもよく考えたら席は隣でも家族のこととか話したことがなかったなと思う。あたしは財前がテニス部だということも知らなかった。


「意外や…」


ぽつり、と呟くと白石さんからは笑いながら「なー」と返ってくる。でもその表情はそんな財前のことをかわいいと思っているみたいで。あたしはなんだか財前のことが羨ましくなってしまった。


「いや〜、これは財前をからかう良いネタもらっちゃいましたね!」
「それネタ元が絶対俺だってバレて怒られるやつやん」


勘弁してや〜と言いながらボールを拾い始めた白石さんは笑っていて、前よりも距離が近くなったような気がした。これまでよりも話せるようになってるなって。


「そういえば安西さんて映画部やったんやな」


地面に散らばったボールをあたしも、と拾い始めた時に白石さんが言った。あたしは「はい」と答える。


「まさか望美と知り合いとは思わなかったわ」
「あたしも望美先輩がテニス部なの知らなかったです」


あたしもまさか望美先輩と白石さんの好きな人が幼馴染だなんて思わなかったです、と心の中で言った。口に出すことは絶対にできないけれど。そしてボールを一つ取る。このボールが無くならなければいいと思いながらそれを握った。


「映画好きなん?」
「そうですね。結構なんでも見ます」
「俺は韓国映画が好きなんやけど…」


そのまま白石さんの好きな映画の話をする。あたしも見たことのあるやつでよかったと思いながら。こんな風に白石さんのことを知っていけるのは嬉しいし、あたしのことを聞いてくれるのも嬉しいと思った。


「白石さんは文章書くのが好きで新聞部なんですか?」


二人分のボールはあっという間に拾い終わってしまった。その最後の一個をカゴに入れながらあたしは白石さんに聞く。そのカゴを軽々と持ち上げながら白石さんはちょっと考えているみたいだ。いつもボールの入ったカゴは白石さんが持ってくれる。重いものはあたしには絶対に持たせない。その優しさも好きだった。


「うーん。自分の知識が形になるのが楽しいんかもなぁ」


カゴを運びながら白石さんはそう言った。あたしはその後をついていく。白石さんはお父さんが薬剤師なことと、植物図鑑が好きなことを教えてくれた。そして最初は小説を書くつもりはなかったことも。あたしは白石さんの大きな背中を見つめながた相槌を打つ。今日は白石さんのことをたくさん知れたいい日だと思った。


「毒草聖書のファンとしては作者の創作ルーツが知れて嬉しいですね!」
「創作ルーツてそない大層なもんとちゃうで」


白石さんが苦く笑って謙虚に否定する。あたしはそれに「いやいやいや!そうですって!」と否定に否定で返した。


「そっか〜。物語が先にあったわけやなくて、知識が先にあったんですね」


一人で納得して頷いていると白石さんは「でも書き始めると知識が足らんことに気づくんやけどな」と少し自虐気味に言った。もうカゴは元の位置に戻していたのでその手は空っぽだ。


「次の展開でも悩みまくりやし」


ため息をつく憂いの表情も素敵な白石さんはそのまま「締め切りも近いし、週末は大会なんやけどな」と続けた。あたしはその言葉に腕を組んでうーんと唸る。そんなあたしの姿に白石さんは「えっ、どないしたん?」と少し焦たように言う。


「いや、あたしも何かできないかと思ったんですけど、これからどうなるかは聞きたないって言うかきちんと一読者として読みたいって言うか」


あたしの返した言葉に白石さんはふはっと息を漏らして笑い始めた。変なことを言ってしまったかと顔が一瞬にして赤くなるけれど、白石さんは大きく笑うばかりで。一通り笑った後、白石さんは軽く咳払いをして「すまん。そんなに好きでいてくれるんやなと思って」と謝ってくれた。


「ありがとうな。それだけで頑張れるわ」


そう言って包帯の巻かれた方の腕であたしの頭を撫でた。触れ方も笑い方も全部が優しくて。その瞳を覗き込めば、無数の星が散りばめらているみたいにきらめいていて。この距離でそんなのを見てしまったら、あぁ、もうダメだと思った。あふれてしまう。


「白石さん、好きです」




瞬きの中でこぼした




2021.04.28




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -