週末には大会が控えていた。今日そのオーダーが部長から発表されて、うちはシングルス1だった。それは初めてのことで初戦の相手は誰なのかと思うと同時にうちの番までまわってくるかな、なんて考えてしまう。うちだって試合がしたいけれどチームメイトが順調に勝ち進んでくれた方がいいな、と思ったり。なんだかもやもやするなと首を捻りながらジャージから制服に着替えた。
今日は望美がいない。でもうちはこんなもやもやした気持ちを聞いて欲しかった。もうこのオーダーのことは知っているのかな。知ったらどう思うのかな。そういえ今日は萌が白石とオーダーを考えると言っていた。もう決まったのかな。白石は今までもシングルス1になったこともあったよな。その時はどんな気持ちだったのかな。つらつらとそんなことを考えてしまう。こんなに落ちつかないのは中学最後の大会だからなのだろうか。そう考えた瞬間、とても寂しい気持ちになった。急いで頭を振ってその気持ちを消そうとする。最近のうちはどうも寂しがりでいけない。
早く帰ろう。よいしょ、とラケバを持って部室を出た。最後まで残っていたうちは任されていた鍵をかける。すると金ちゃんの「望美ー!」と呼ぶ大きな声が聞こえた。望美がいる!そう思って勢いよく振り返るとちょうどコートに来た望美に金ちゃんが駆け寄っているところだった。望美の横には白石がいて、その二人に挟まれて白石がテニスを教えていると言っていた女の子がいた。そこはうちの場所だったんじゃないのか。自然とそんな風に思ってしまった自分が少し怖かった。どのくらいぼぅっと見ていたのか。多分、一瞬のことなんだと思う。それでも知らない間にその輪の中には千歳がいたし、白石がうちに気づいて手を挙げてくれていた。それに手を思い切り振って返して走り出す。そして望美に抱きついた。

コート内で自己紹介大会が始まった。この中で全員を知っているのは望美と白石だけらしい。うちは白石の彼女だと勘違いした女の子の名前をそこで初めて知った。安西奈緒ちゃんというらしい。「よろしくね」と言った時、彼女の震える瞳がうちのことを捉えているのを真正面から受け止めてしまって少し戸惑ってしまった。奈緒ちゃんは望美の映画部の後輩だったらしく、その上、財前のクラスメイトで席は隣同士らしい。世界は狭いんだな、と一人心の中で呟く。
なんで望美がここに来たのか、と思っていたら、また金ちゃんと寄り道をして帰るためだったらしい。いつもは二人なのにそこに千歳が珍しく加わることが今さっき決まったみたいだった。


「明依も一緒に行かへん?」


そう望美が聞いてきたけれど、うちは首を縦に振らなかった。望美に話を聞いて欲しかったし、一緒にいて欲しいと思っていたけれど、その中に入ってもうちはきっと寂しくなるのだろうと思ったから。上手く説明できないけれど、そんな気がしたのだ。こちらを何度も振り返って伺う望美とそれにも気を留めない金ちゃん、千歳を笑って見送った。手を大きく振りながら。


「なんで一緒に行かへんの?」


見送ったところで白石が聞いてくる。けれどうちは上手く説明できなくて「たこ焼きの気分じゃない」としか返せなかった。そしてすぐに「うちも帰るわ」と置いていたラケバを背負った。


「じゃあ、一緒に残らへんか?」


白石がそう言った。優しい白石のことだからもしかしたらそんな風に聞いてくれるんじゃないかと予想していた。だからうちは用意していた言葉を言った。「ありがとう。せやけど帰るわ」と。そして奈緒ちゃんに向かって「頑張ってな!」とグッと拳を握って見せる。そのまますぐに駆け出す。バイバイと手を振りながら。
校門を出たところでうちはやっと走るのをやめた。一度止まってテニスコートのある方を振り返る。奈緒ちゃんはうちの言葉の意味に気づいただろうか。今日うちは二人が一緒にいるのを目の前にしてやっと彼女は白石のことが好きなんだと気づいた。確信したわけじゃないけれど。でもきっとそうなんだと思った。気づいてしまえば全てに納得がいく。真正面にした時の震えた不安そうな瞳も、コートの外からじっとうちを見ていたあの少し怖い視線も。だからテニスを、白石とのことを「頑張ってな」と伝えた。うちは敵じゃないよ、って。ただの友達だよって。そういう意味も込めて。勝手にいいことをしたような気になっていた。白石だってあんなかわいいこに好かれたら嬉しいでしょ、なんて。でもふと周りを見れば、誰もいなくて自分は一人きり。なにかを振り切るようにうちはまた前を向いて歩き出した。そして、本当に一人きりで帰るのは初めてだ、とそこで初めて気づく。望美がいないと嘆いた時も隣には白石がいてくれた。ふっと風が吹き抜ける。これから暑くなっていく季節なのになぜか寒く感じた。でもうちはこの寂しさに慣れなくちゃいけない。きっとこんな風に世界は変わっていくのだから。そう言い聞かせて。もう一度「頑張ってな」と小さな声で呟いた。




独りよがりなエール




2020.10.21




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