また千歳がいなくなった。でも今回はオサムちゃんのおかげで探すのは私一人だけじゃないのが救いだった。ただその中に望美が強制的に入れられてしまったのが心配で。視線を送ってみたけれど望美は黙って頷くだけだった。
探し始めてすぐに望美から千歳を見つけたと連絡が入る。まさかと思った。やる気が漲っていていの一番に走り出した謙也や金ちゃん、明依ではなく、まさかの望美が最初に千歳を見つけた。まるで千歳が望美に見つけてほしいと呼び寄せたみたいだと思ってしまった。きっとそれに本人は気づいていないのだろうけれど。

比較的テニスコートに近かった私はきっと一番乗りだろうと思いながら帰ると先に財前がいることに気づく。そしてもう一人。前に財前と言い争っていた子。白石に熱視線を送っていたあの子がいた。


「やっぱり来たんやな」


財前がそう言うのが聞こえた。思わず私は建物の影に隠れてしまう。


「白石さん来てもいいって言うてくれたし」
「今日はその白石さんはおらへんで。だからテニスはなしや」


なんだか盗み聞きをしているみたいで嫌な気持ちになったけれど、そのおかげで最近白石が部活後に残ってなにをしているのかが分かった。あの子と財前とテニスをしていたんだ。明依は知っているのだろうか。また白石はどういうつもりなのだろうか。私がそんな風に考えている間に財前が今の状況を説明しているのが聞こえる。女の子の声は聞こえない。もう今のうちに出て行こうと思いそっと様子を伺おうと建物の影から顔を出すと、その子は「よかったぁ。白石さんに避けられたんかと思った」と言った。その表情は安心して泣き笑いみたいになっていて、やっぱり私はこの空気の中に出て行くことはできないと身を引っ込める。ちらりと見えた財前もその表情に少し驚いていて。私は完全に出るタイミングを逃してしまった。


それが昨日のことである。あれからあの子は私の方とは反対方向から帰っていったのだろう。いつのまにかいなくなっていて。多分、二人には私のことは気づかれていないと思う。それに安心すると同時に昨日のあの子の表情を思い出す度に胸の奥のところがぎゅっと痛んだ。
今、私は白石と部室の中で二人きり。「ねぇ、今日も残るん?」と問いかけると「そうやなぁ」と次の試合のオーダー表を見ながらの実のない返事がきた。


「残ってる理由を明依は知ってるん?」


そう問いかけると白石は勢いよく顔を私の方に向けた。その端正な顔と真正面に向き合う。「萌知ってたんか?」と聞かれ、私はどっちのことだろうと思った。今まで残ってなにをしていたのか知っていることか、それとも白石の気持ちを知っていたことか。そう思いながらも「昨日偶然」と前者の答えを述べた。


「あの子のことどう思てるん?」
「なんでそんなこと聞くんや」
「だって…」


昨日のあの子の安心した泣き笑いの表情を思い出す。また私の胸の奥が悲鳴をあげた。


「だって白石もあの子の気持ちに気づいてるんやろ?」


そう言うと私のことを見つめる白石の顔から表情が消えた。さっきまでは少し困ったように笑っていたのに。白石はきっと聡いからきっと分かっているはずだ。それなのに今の状態は逆に残酷じゃないのか。


「萌もそう思うか?」


ほら、やっぱり。あの子の熱い視線に傍目から見ていた私が気づいて、正面から直接受けていた白石が気づかないはずがない。私は力強く頷いた。そうすると白石はまた困ったように笑う。


「好きや言われたわけやないし、テニスに興味ある言われたら嬉しいし、そんで実際やってみたら楽しそうにやってめきめき上達するんやで?そらかわいなってくるやろ」


彼女とのテニスの時間を思い出しているのか白石が笑いながら話している。いかにもテニスが好きな白石らしい、と思いながら黙って聞いた。彼女なりの近づくための手段だったのかもしれない。でもそれでも実際に楽しんでくれたらきっと嬉しくなるだろう。だけどそこまで言って白石は大きく息を吐いた。


「でも一昨日それを明依に見られたみたいであの子と付き合うてるって勘違いされたんや。ショックやったわ」


そうか、明依は知っているのかと思ったと同時に白石の気持ちを考えると私まで辛くなった。また胸が苦しくなる。白石の気持ちに気づいてない人は多い。それを向けられている本人でさえ、気づいていないのだから。


「萌は謙也のことどうするん?」


心臓が大きく動いた。白石の顔を見るとなぜか私のことを心配そうに覗き込んでいて。なんで白石がそんな顔をするんだと思いながら、白石のことが好きなあの子の泣き笑いをまた思い出す。次に無邪気にボールを追いかける明依のこと。そして謙也が私に笑いかけてくれる眩しい顔も、頭を撫でてくれるオサムちゃんの優しい顔も。全部順番に思い出す。一度目とぎゅっと瞑ってから開いた。目の前にはやっぱり白石のきれいな顔だけがあって。


「どないしよう?」
「どないしよか?」


きっと私たち二人とも同じループに入り込んでる。それが通じ合ったから困ったように眉をよせて笑いあった。




しらないふりをするのがむつかしくて泣きだしそうになるね




title/深爪
2019.12.27




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