わたしは部活終わりに制服姿で学校の敷地内を歩いていた。本当ならもうとっくに帰っている時間なのに。
また千歳くんが部室に荷物を置いて姿を消したということで、どうするかと相談した結果、オサム先生がみんなで探せば早いやろと言って今の大捜索が始まった。そこに偶然居合わせたわたしもそこに巻き込まれる形になる。最近は白石くんが鍵を預かって最後まで残ってなにかしていたらしいのだけれどその白石くんが今日に限って委員会で急な呼び出しがあっていないらしい。きっと彼がいたら今こんなことになっていないんだろうな、と思って自分の運の悪さにため息をついた。それでも萌ちゃんは心配そうな目を向けてきたし、それに黙って頷いたのはわたしだ。結局今この行動をとってるのはわたしの意気地のなさだったり、流されやすい性格だったりのせいなのだ。
「ワイが一番に見つけるでぇ!!」と金ちゃんは走ってどこかに消えてしまった。わたしと同じく一緒に探すことになった明依もそれに負けじと走っていってしまう。二人について行こうかと思ったけれど、そもそも身体能力が二人とは雲泥の差のあるわたしには到底無理なことで一人でとぼとぼと歩き出した。
今回は人数もいるし、きっとすぐに見つかるだろうと思っていた。金ちゃんと明依以外にも謙也くんもなぜか妙に張り切っていて萌ちゃんに「俺が浪速のスピードスターやで」と言って呆れられていた。それなのに、また適当に歩いていたわたしの目の前には長い足を投げ出して寝ている千歳くんがいた。


見つけても見つけなくても集合する時間を決めておいた。そうすれば連絡手段のない金ちゃんでも大丈夫だろうと。けれど、その時間よりも大分早く見つけてしまったため「千歳くんを見つけました」とみんなに連絡をして千歳くんを起こす。今回は声をかけるだけで目が開いた。すんなりと起きたその様子はまるで最初から眠っていなかったんじゃないかと思ってしまう程だったけれど、その起き抜けの目がわたしよりももっと遠くを映しているようで少し不安になる。


「なんでそんなに練習をサボるん?」


立ち上がる千歳くんに問いかけた。テニスが好きでテニスが上手くてレギュラーにもなって、それなのに練習に来なかったり抜け出したりする千歳くんがわたしにはよく分からなかった。千歳くんは目を細めてわたしを見るだけでなにも言わない。その目はやっぱりどこか焦点があっていないように見える。そしてはっとした。前に萌ちゃんが言っていたことを思い出した。千歳くんは目を怪我していて、その治療のために大阪の病院に移ったのだと。


「…もしかして痛い?」


今日は目の調子が悪かったのかもしれない。いつも部活に出なかった日は目が痛かったのかもしれない。そう思って申し訳ない気持ちで俯いてしまった千歳くんの目を覗き込む。そっと千歳くんの頬に触れた瞬間に大きな体がびくりと震えて、その目がわたしを捉えた。それはさっきまでのどこか遠くを見つめる目とは違っていて、しっかりとわたしを映していた。どきり、と心臓が大きく動いた。それと同時に風が吹き抜ける。


「ええ風やね」


すぐ近くで千歳くんが笑った。自分から近づいたというのにその距離の近さに驚いてしまう。一歩後ろに下がると千歳くんは顔をあげて空を仰いだ。目は大丈夫なのだろうか、と思ってその様子を伺うけれど千歳くんはわたしの問いに答えることはない。


「迎えに来てくれたんやね」
「う、うん」


そっとテニスコートへ向う道の方を見る千歳くんにわたしはもう一度「目痛ないの?」と聞く。視線をわたしに向けて「どこも痛いとこなんてなかよ」と笑った。そして歩き出す。きちんとテニスコートへ向かっていた。慌てて後を追う。


「今日は風が気持ちよかったけん」


やっと追いついて隣に並んだところで千歳くんが言った。最初はなにを言っているんだと思った。けれどすぐにふと思いつく。わたしの最初の質問に答えたのだ。どうして練習をサボるのかという質問に。それに気がついた瞬間にわたしの歩みは止まってしまった。隣にわたしがいないことに気づいて振り返って微笑みかける千歳くんのそのはにかみに思考も止まってしまう。だけどすぐにきっと目も治ったのだと思った。だってその方がいい。部活に出ない理由がケガよりも風が気持ちいいからの方がずっといい。一度、ため息をついてからわたしはにこにこと笑う千歳くんに駆け寄った。




テニスコートに着くとそこにいたのは萌ちゃんと財前くんだけで他のみんなはまだ来ていなかった。萌ちゃんは驚いていて「なんでそんなに千歳を見つけるのが上手いん?」なんて言ってきて。そう聞かれても自分でもよく分からないうちに見つけているから困ってしまう。
他のみんなもぞくぞくと帰ってきて最後に金ちゃんと明依が二人一緒に帰ってくる。明依は息を切らしながら金ちゃんの腕を掴んでいた。二人が同じ方向に進んでいた時にわたしから連絡が来たらしい。明依は金ちゃんにそれを伝えようとしたけれど、ケータイを見ている間にもずっと先にいってしまったそうで必死で追いかけたらしい。やっと捕まえたと思ってもテニスコートからは大分離れていたし、帰ってくる途中も金ちゃんは別の方向に行こうとするしで大変だったと疲れ切った顔で話す明依のことがわたしは羨ましかった。わたしは金ちゃんに手を引いてもらわないと付いていくことすらできないから。勝手に寂しい気持ちになってしまう。謙也くんが「でもまさか望美に負けるとは思わんかったわ」と悔しがり、銀さんが「さすがやな」って褒めてくれた。こんな気持ちも誰にも知られたくないと思いながらもわたしはぎこちなく笑うことしかできなくて。そんなわたしとは正反対に千歳くんは萌ちゃんに小言を貰ってるのにへらへら笑っている。わたしの心もそんな風にいつでも凪いでいることができたのならよかったのに。オサム先生に報告してみんなで帰ろうと門を出る。金ちゃんが「一番は望美にとられてしもたな!」ってわたしの腕を引く。その後ろを歩く千歳くんがそんなわたしたちを見つめていることも知らずにそんなことを思ってしまったのだ。




あなたの波を
わたしは知らない




2019.11.12




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