今日は久しぶりに文化部の方に顔を出した。運動部と文化部の両方に入らなければいけないこの学校。うちはもちろんテニス部と運動部の方はすぐに決まったけれど文化部の方は少し悩み、その末に入ったのが軽音楽部だ。テニス部でも一緒の謙也と財前とバンドを組んでいてうちはボーカル。なぜならうちは楽器が弾けないから。もう2年も軽音楽部にいるのに満足に弾ける楽器が一つもないのだ。そんなうちに財前は呆れたようなため息を吐くし、謙也は腹を抱えて笑う。けれど、うちは歌うのは好きだったし、それについてだけは財前も謙也も認めてくれているみたいだった。
曲はコピーだったり財前が作ったりしたものが主で、文化祭にステージで演奏するのを最終目的として活動している。今日も財前が新しく作って来た曲を聞いて色々と意見を出して音を合わせていたら部活の時間はあっという間だった。今は運動部の方がメインになる季節だから必然的に文化部の方は集まる回数が少ない。だから集まった時はいつも真剣だった。
軽音で集まった時は大体3人で帰る。そこに望美や白石、萌が入ったりするのだけれど今日は違った。なにか用事があるのか、財前はすぐに楽器を片付けて「お先に」と出て行ってしまった。そのあまりの素早さにうちと謙也は呆気にとられた。なにか用事があるのかもねと話しながら、帰る準備をしているとうちと謙也しかいない教室に知らない女の子がやってきて謙也を連れ出して行った。多分後輩であろうその女の子の頬は赤い。俯き気味に謙也を先に教室から出した彼女は教室から出る瞬間こちらにふりむいてうちを見つめる。その瞳に映るのはどんな感情なのか。それがうちには分からない。切なそうでいて、さみそうでいて、怒っているようでもある。謙也と女の子の後ろ姿を見ながら、うちはつい最近も同じような瞳を向けられていたことを思い出す。あの走る姿がとてもきれいな女の子のことをー。

校舎の中を一人でとぼとぼと歩きながら今日はまだボールを追いかけていないなぁと思い、そしてすぐにテニスコートに行こうと考えつく。そうしたら急に足取りが軽くなった。お目当の場所に近づくと大好きなボールを打つ音がした。この時間なのに試合をしているのだろうか。片方は小気味いい音をたてているのに対して、それを打ち返す方の音は小さい。誰の音だろうかとこっそりとフェンスの外からコートを覗くとそこには予想もしていなかった人がいた。うちに不思議な眼差しを送る、走り姿のきれいな女の子。さっきまで思い出していたその子が財前と試合をしていた。思わずコート近くに大きな木の影に隠れる。初心者なのか彼女の打つボールは音と同じく弱々しい印象を受けた。財前におされてはいるけれど、ボールをとにかく拾っていく。謙也に似たスタイルだった。もっとしっかりした練習をしてパワーやスタミナをつければきっといい選手になるだろうと思った。フォームがきれいなのは審判をしている白石のおかげなのだろう。うちはなぜかコートの中に入ることができずにそのままこっそり隠れながら試合を見ていた。
決着はすぐに着いた。最初から分かっていた通り財前の圧勝だった。それでも女の子はポイントをとっていたのだからやっぱり才能があるんじゃないかと思う。


「やっぱ陸上部期待の短距離エースやな。瞬発力あってボール追いかけるスピード速かったで」


白石のその言葉に今までのすべてのことが繋がった気がした。でもなんでそんなこがここにいるのだろうかと新たな疑問が生まれる。きっとこんな風に彼女がここにいるのは今日が初めてではないのだろう。急いで部室から出た財前は前から知っていたのだろうか。もしかしたら白石の彼女なのかもしれない。そうしたらあの瞳の意味も理解できる。うちの知らないところでまた環境が変わっている。胸がざわついた。
ふと気づけば財前と女の子はネットの片付けを始めていて、それを見ていたらうちはなんでか隠れながら試合を見ていたことがばかばかしくなって、でも今更輪の中に入ることもできなくてこそこそと帰った。その足取りは重い。歩き出したり立ち止まったりを繰り返しながら考える。なんでこんなにうちは心を乱されているのだろうかと思った。そうだ、家に帰ったら素振りと壁打ちをしようと言い聞かせた。そうすれば少しでも心が落ち着く気がしたから。


「明依っ!」


顔を上げて少し手前にある校門を見据えて勢いよく走り出そうとしたところで後ろから名前を呼ばれた。振り返れば手を振りながらこちらに向かって走る白石の姿が見えた。


「どないしたん。今日は軽音部の方やったんやろ?」
「おん」


制服姿の白石にうちはどれくらいの時間をかけて歩いていたのだろうかと思う。当然のように隣に来て話し出す白石にうちはさっきの女の子はいいのだろうかと気になって仕方ない。


「一人なんか?謙也は?」
「女の子に呼び出されてった」


一瞬ぽかんとした白石はすぐににやりと笑った。これは明日謙也をからかう顔だなと思う。翌日の謙也のことを思うとかわいそうなような楽しくなってしまうような。けれどすぐに白石が「じゃあまた送ったるわ」とうちに言うものだから今度はこっちがぽかんとしてしまった。


「彼女と帰らんでええの?」


思わず出た言葉に白石の歩みが止まる。うちはしどろもどろになりながら「さっきテニスコートにおったこ彼女やろ?」と聞く。そして言ってしまってからさっきの試合を見てしまったことがこれでバレてしまったと思う。


「なんや。見てたら明依も入って来たらよかったやん」


気まずくてそれに返事をせずにいると白石は真面目な顔で「彼女とちゃうよ」と言った。そして彼女が財前の隣の席だということや陸上部だということ、テニスに興味があることなどを話した。説明してくれればしてくれるほど彼女は白石のことが好きなのではないかと思えた。そしてうちは白石と一緒にいてもいいのだろうかと思った。こうやっているとあの子の瞳を思い出してしまう。でも隣で歩く少し上にある白石の顔を見ると、今日だけだから、今日でおしまいにするから、と思わずにはいられなかった。


「その子がテニス好きになってくれるとええね」


うちがそう言えば白石が大きく笑った。うちもそれに応えるように笑った。




さみしくないとはいえないので




title/深爪
2017.08.26




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -