明依が男女ミクスドの練習試合でケガをしてから何日か経っていた。それなのに、明依を抱き上げた白石のことが噂になって広まっている。二人は付き合っているのかだとか、白石は明依のことが好きなのかとか。それをあっけらかんと「そんなわけないじゃん」と笑いとばす明依を見て、私は心の中で「白石ご愁傷様」と手を合わせる。
噂にショックを受けている子も多い。我が男子テニス部はモテる。そりゃあもう、笑っちゃうくらいに。顔だってきれいだし、性格も…変なとこはあるけど、まぁ優しいし、当然のことだと思う。明依はあんな性格―恋?なにそれおいしいの?って感じ―だし、今回の噂のことはいずれ鎮火するだろうと私は軽く考えていた。ただ、私も彼らには全く恋愛感情を持っていない(友達としては好きで尊敬できたとしても)のに、変な嫉妬の対象になったことがあるから大丈夫だとは一概には言えない。気をつけた方がいいとは思う。けれど、きっと本人が気づいていなかったとしても白石が気を配っていることだろう。彼―彼らはそういうことに聡かったりする。

下駄箱に入っていた手紙をぐしゃりと握りつぶすと、いつのまにか隣にいた謙也が「どないしたん?」と声をかけてきた。それに私は「なんでもない」と隠す。


「なんでもないわけないやろ!」


大きな声で言う謙也。私の手の中から丸まった紙をむりやり取り上げた。そして、ぐしゃぐしゃに固まったそれを広げる。そこには無機質でいて、内にはどす黒い感情をもった文字で”テニス部から去れ”と書いてあった。


「ほら、なんでもないわけないやん…」
「確かに、この時期に部活やめろっていうのは辛いよね。大会近いし…」
「そういう問題やないやろ!」


いつもヘラヘラしてる謙也が真剣な顔で言う。最近、謙也の前ではいつも不機嫌な顔をしている私がにっこり笑って言う。大丈夫よ―と。


少しだけ昔話をしよう。部活に入ったばかりの頃の私は全然馴染めていなかった。先輩はみんな優しかったし、同じ歳の彼らはみんな気さくだった。しかし元々この校風に馴染めていない私は、それに加えて自らが希望して入部していないということと、オサムちゃんへの関心という下心の二つのせいで後ろめたさがあった。オサムちゃんの言う通り、みんなは青春てやつをしていて眩しかった。マネージャーの先輩は選手のことをきちんと支えていたし、お互いに信頼し合っているのが分かる。私はあんな風になれるのか?いや、なれるはずがない。だって、私は自分から壁を作っていることを自覚していた。
その頃からコンビを組んでいたユウジと小春が急に私の前に飛び出してはネタを披露してきたし、白石も銀さんも小石川もみんなよく話しかけてくれた。その中でも一番頻繁に話しかけてくれたのは謙也だった。にこりともしない私の態度にみんな少しずつ距離があいたのに、謙也だけはいつまでもかわらなかった。
そんな時、私は先輩マネージャーが今の私のように悪意に満ちた手紙が送られていることに気づいた。先輩は「なんでもないよ」と笑って、私はそれ以上なにも言うことができなかった。けれど、誰がどういう目的で出した手紙かは理解していた。理解していたからこそ次は自分の番だ、と怖くなった。
それからは下駄箱を開けるのもビクビクしたし、靴を履く時もなにも入っていないかきちんと確認した。そうやって用心していたにも関わらず、ある時私はボールを片付けに入った体育用具室に閉じ込められてしまった。
ボールの入ったカゴを奥の方で積み重ねている時、扉から入ってくる外の光がすぅっと消えて大きな音をたてて扉が閉まった。くすくすと笑う声がして慌てて扉の元へいってもびくともしなかった。笑い声も離れていって私は埃臭い用具室に一人取り残されてしまった。鉄格子のある小さな窓から入る少しの陽の光だけが救いだった。けれど、その救いでさえも太陽が沈むと同時にどんどんと小さくなっていき、最後には消えてしまった。私はただぼんやりと窓から星を眺めていた。みんなはまだ練習しているのかな。私がいないことに気づいているかな。私がいなくても、それに気づくことなくみんな練習しているのかも。オサムちゃんも気づいてなかったら淋しいなぁ。なんて、そんなことをつらつらと考えていると、急に外が騒がしくなって、ギギギ…と音をたてながら扉が開いた。そちらに顔を向けると懐中電灯の光で思わず顔をしかめてしまう程眩しかった。


「いたでー!」


大きな声とそのまま用具室に入ってくる大勢の足音。頭にふんわりとなにかがかけられたかと思うと「もう大丈夫やからな」と優しい声。光に慣れた目で周りを見渡すと、テニス部のみんながいた。一番後ろにはオサムちゃんもいる。私の頭にかけられたのはテニス部のジャージで、思わずその腕の部分をぎゅっと握りしめる。


「…みんな探してくれたの?」
「もちろんやないの!萌ちゃんの帰りが遅いから心配したんよ」


小春が私の頭を撫でた。ユウジが「浮気かっ!!」と声を上げると「こんな時まで嫉妬するちっさい男は嫌われるで」と白石。私が思わず笑うと、今度はみんなが笑うのを止めて私のことを見る。


「お前こんなんで笑うんか?」


ユウジの問いかけに私は疑問符を浮かべるけれど、みんなは賛同するかのように頷いていた。


「実はユウくんと萌ちゃんを絶対笑かそって必死で新ネタ考えてたんよ」
「べっ別にスベるんが怖かったんとちゃうからな!」


あまりにもかわいいユウジの反応に今度はみんなで笑った。小春が「ユウくんたらかわええんやから」と顎をなぞるとたちまちユウジの目はハートマークになってしまう。


「本当は北岡さんがボールは片付けてるとこ見てたんや。大変そうやなぁって思ったけど、逆に迷惑かもしれんて思たら声かけられへんかった。ホンマごめん…」
「ワシもや…」


白石と銀さん、小石川が頭を下げる。その様子に私の方が悪いのに、と慌てて手を振ってその考えを否定する。かわいげのない私にみんなが離れていっているのだと思っていた。けれど、それには優しい理由があったことを知った。


「もうええやん。もうなんも言わんで、せっかく同じ部活なんやし、迷惑とかそんなこと考えんと、みんな仲良うしよーや!」


大きな声で謙也が言うと、みんなポカンとして、でもすぐに笑う。


「萌がまたどっか閉じ込められたら、俺たちでまた見つけ出したるから!萌はどーんと構えてのんびり待っとったらええねん!」


謙也のその言葉に私は何度も頷いて、笑って、そしてちょっぴり泣いてしまった。その様子にみんな笑ったり、ほっとしたように息をついたりして。私はなんで今までこの人たちに壁を作っていたのだろうかと今までの態度に後悔する。頭にかかったジャージで涙を拭くと「鼻水はつけんといてや」と謙也が言う。


「なんや、謙也のやったん?どおりで汗臭いと思ったわ」
「えっ、マジで」


私の返事に怒ることなく、焦ってジャージの匂いを嗅ぎ始める謙也に思わず口角が上がってしまう。


「ほら、そろそろ帰るでぇ!」


それまで黙っていたオサムちゃんが声を上げる。その声にぞろぞろと用具室を出ていく。私もそれに習って出て行こうとして、オサムちゃんの横を通った時に「どや、青春やろ?」と耳打ちされる。予想外のことに私は耳を抑えてオサムちゃんのことを見るけれど、彼は得意げに笑うだけだった。だから、私は「はい!!」と大きく返事したのだった。


というところで昔話を終了する。かわいげのなかった私も、あれからオサムちゃんの言う青春というものを謳歌している。このことを振り返る度に白石は私のことを拾った猫がどんどん懐くようだったという。そんな昔のことを思い出して、もう一度、現在の背も高くなって成長した謙也のことを見ると、納得いかないというような顔をしていて。「大丈夫よ」ともう一度くり返す。


「だって私のことはあんた達が守ってくれるんでしょ?」


覚えていないかもしれない。けれど、現に私は守ってもらってきた。今ではこんな嫌がらせを受けることも滅多にない。それでも、謙也は一度目をまんまるにした後、「当たり前やろ!」と言ってくれた。その笑顔があまりにも昔と変わらなすぎて私は泣きたくなってしまった。私だってずっとかわいげのあるままでいたかったのよ。




きっとあなたにこの距離はむずかしいから、すこしだけ、値上げするね




title:深爪
2015.11.15




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