わたしは人に頼まれると嫌とは言えない。というより別に嫌だと思わないのだ。俗にいうお人好し。自分で言うのもなんだか変だけれど。それでもわたしをただ利用しようとしてるだけの人はなんとなく分かるし、そういう人のはきちんと断る。ただ、困っている人がいたら助けたいと思うのだ。特に友達とか好きな人だとか、自分の大切な人だと特に。わたしだって助けてもらうことはたくさんあるんだし、できることなら役に立ちたい。でも昨日された頼み事だけはどうしても「うん」とは返事できなかったのだ。
昨日は千歳くんに振り回されてさんざんな日だった。それでも萌ちゃんにありがとうとお礼を言われれば、役に立ててよかったと思った。けれど、そのまま続けて、また頼んでいいかと言われた時には少し…いや、かなり困ってしまった。わたしの千歳くんへの苦手意識は上がってしまって、できることならもうお近づきにはなりたくなかった。でもきっと萌ちゃんは千歳くんを探しにいくのが苦手なんだろう。随分前に探しにいった時の疲れきった表情を思い出した。昨日のわたしは本当にたまたますぐに見つけられただったのだけれど。
「う、うぅん…」とわたしが答えに詰まれば、萌ちゃんは気を使ってくれたのか「私が手が離せない時だけでいいの」と言った。本当はずっとお願いしたかったんだろうなと分かっていたし、わたしもできることなら探しに行きたくはなかった。それでも「うん。それなら…」と頷いてしまっていたのだ。

今日の部活には千歳くんはきちんと出ていたから、わたしの役目はなかった。よかったと安堵のため息をつく。けれど、隣のコートから出席確認のために見つめていたことがバレたのか千歳くんはこちらを見て、へらりと笑って手を挙げた。わたしは無視することもできなくて、でも昨日のことを思い出すと少し腹がたつような悲しいような気持ちになって、頭を少し下げるだけにした。そして、すぐに目を逸らす。そんな少しだけ噛み合ってないあいさつを交わした。
釈然としない気持ちはいつまでもあったけれど、わたしは部活の半ばの休憩時間に金ちゃんに「またたこ焼き食べにいこや」と小さな声で、耳元で内緒話をするみたいに囁いてくれたことですぐに元気を取り戻した。現金だなぁと自分で自分に笑ってしまうけれど、それはそれでいいやと思った。




「金ちゃん、ソースついてるで」


いつもの屋台のたこ焼き屋さんで、一船ずつ買ってベンチに座る。金ちゃんは一つ食べただけなのにもう口を汚していた。わたしは笑って、ペパーミントグリーンのカバーに入ったポケットティッシュを取り出して、その口の端を拭う。きれいになったその場所を見て、わたしは満足して笑った。


「なんや、望美はお母ちゃんみたいやなぁ」


何の気なしで言ったであろう金ちゃんの言葉に胸にずしりと重りが乗る。今まで散々周りに言われた親子みたいだという言葉。それでも本人から言われたのとでは重さが全然違う。やっぱり金ちゃんの行動はどんなものでも破壊力は抜群なのだ。
今日は明依に一緒に帰らないかと言われた。金ちゃんとの約束があったから一緒にどうかと誘ったのだけれど断られてしまった。でもそれに少しだけ安心していたのだ。こんな風に金ちゃんの行動に一喜一憂しているわたしを見られたくなかったから。恥ずかしいのだ。幼い頃からずっと一緒にいる明依だからこそ余計に。そういうことには鈍い明依なのだけれど。最近そのせいか、一緒にいる時間が減ってしまった。今日も金ちゃんとの約束のことを話せば、笑っていたけれど少し淋しそうで申し訳なくなる。明依にだけは全部話してしまおうかとも思ったけれど、この気持ちを誰にも話さないという気持ちは変えたくなかった。それにどんな反応をされるのか、少しだけ怖かった。

目の前の大きなたこ焼きを一つ口にいれた。熱くて、外はカリカリで中はとろとろ。入っているたこも大きい。ここは金ちゃんのお気に入りのたこ焼き屋さんの一つで、一番来る頻度は高い。だから、美味しいことなんてもう分かりきっているはずなのに、うまいなぁ!と金ちゃんはしきりに言う。そうだね、美味しいねと答えて、また一つわたしは口にいれた。美味しいと言っているわりには金ちゃんの食は進んでいなくて、いつもならぺろりと一瞬で平らげてしまうはずなのに今日はわたしよりも遅い。まだ半分も食べていなかった。どうしたのかなと思っていると、わたしが食べるのをじっと見てまたうまいなぁ!と言った。近くにいたたこ焼き屋さんがさすがに…と苦笑いしたのが分かる。それでも金ちゃんはじっとわたしを見つめた。大きな瞳でじっと、口を一文字に結んで。そんな風に見つめられると食べられなくなってしまう。わたしはごくん、と無理矢理飲み込んでから、顔を仰いだ。続けてもう一つ…というわけにはいかない。そうして、つまようじを置けば金ちゃんは余計にわたしの顔を覗き込んでくる。


「どうしたん?腹痛いん?うまいやろ?」


全ての言葉にクエスチョンマークをつけながら、問いかけてくる。頭は斜めに傾けられて眉はハの字の形をしている。わたしはこくこくと頷く。「美味しいけど、休憩だよ」と言い訳をした。今日は一体なんなのか。金ちゃんの様子がおかしい。その金ちゃんはわたしの言い訳にほっとしたらしく、すぐに頭をまっすぐにしてにっこりと笑った。そして、自分のたこ焼きに手を伸ばしたからわたしも一安心…と思ったのに、金ちゃんはなにを思ったのか、そのままわたしにたこ焼きを差し出した。そして一言。


「ワイの分も食べてええで」


その言葉にぎょっとした。本当に今日はなんなのか。いつもはわたしの分まで食べるのに!わたしは本当に驚いてしまって、逆に問い返してしまった。


「どうしたん?金ちゃんの方がお腹痛いんちゃう?美味しいんやろ?」


そう言えば、お腹は痛ないでとあっさりと言われてしまった。それに加えて、笑顔付きでうまいで、とも。じゃあ、なんなんだと困惑しきっていると、金ちゃんはもっと腕を突き出して、たこ焼きをわたしの方へと差し出す。


「うまいから望美に食べてほしいんや!うまいもん食べたら元気出るやろ?」


その言葉にぽかん、としてしまう。そして、すぐに気づいた。わたしはきっと気づかないうちに昨日のことで元気がなかったのだろう。思えば、ため息が多かった気がする。昨日のことを思い出す度に誰にも言わないと決めた気持ちがあんなことで溢れ出てしまいそうで怖かった。やっぱりこの気持ちを恋だと認めてくれたのは嬉しくて、でもそれがからかいだと気づいたら悲しくて仕方なかったのだ。自分でも気づかなかった自分の様子に金ちゃんが気づいてくれた。鈍いと勝手に決めつけていたし、こんな風に大好きなたこ焼きを分けてくれるとも思っていなかった。わたしはまだ金ちゃんのことをなにも知らないし、勝手に造り上げていたのかもしれない。
わたしはすぐに笑って少し緊張しながら「じゃあお言葉に甘えて一つだけ」と金ちゃんの差し出してくれたまんまるのたこ焼きを口にいれた。本当は一船で充分すぎるくらいにお腹は満たされる。それでも、これだけはどうしても食べたくて。そして、食べたらやっぱり今まで食べたたこ焼きのどれよりも美味しくて。わたしはみるみるうちに元気を取り戻したのだ。


「金ちゃんのおかげで元気でたわ」


そう言えば、金ちゃんは残った自分の分のたこ焼きを口に詰め込みながら笑った。やっぱり口の端にはソースを付けて。




愛、お子さま哲学




title/深爪
2014.04.21




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