今日は望美と一緒に帰れるかなぁと勝手に考えていた。こんな言い方はよくないけれど、最近は金ちゃんに望美をとられてばかりで、正直うちはつまらない。一人で帰ることも多くなったし、土壇場で訳の分からないうちに望美を連れ去られることも多かった。別に金ちゃんが嫌いなわけじゃない。むしろ、一年生であの圧倒的なテニスの強さへの尊敬とか憧れとか、一緒にいて楽しいとか後輩としてのかわいさだとか。そういう印象の方が強い。ただ、うちは淋しいなぁと感じることが多くなった。いつも約束なんかしなくても、一緒に家路を辿る存在がいなくなってしまった。小さい頃からいつも一緒だった。うちが望美の手を引いて歩いていく。そうすればどこへでも行けると思ってた。でもよく考えてみれば、あの頃は世界が小さかった。成長するにつれて、出会った人も多くなって、どんどんと世界は広くなっていった。それはきっと誰もが同じで、うちも、望美もそうだろう。だから、いつまでも一緒ではいられない。それは分かってるのだけれど。でもそれがどうしようもなく、淋しい。
今日も帰ろうと望美に声をかけると、金ちゃんとたこ焼きを食べる約束があるのだと言われた。一緒に来ないかと言われたけれど、なぜかついていってはいけないような気がしてやめた。この前行ったばかりじゃないか、と思ってしまったからだ。性格が歪んでしまったと思った。淋しさのせいなのか。そんな言い訳はしてはいけないと思った。
その時のことを思い出しては自己嫌悪をして、ラケットを振る手に力が入った。黄色いテニスボールは大きな音をたてて壁にぶつかり、スピードをそのままにして返ってきた。それをまた大きく打ち返して、ふと思う。これはテニスに当たっているんじゃないか、と。急いで着替えて金ちゃんとコートを後にした望美の後ろ姿を見送ると戸締りの鍵を預かって、うちは壁打ちを開始した。みんなが帰って行く中を一人で歩きたくないと思ったから。それに今日はなんだか物足りなかった。それで壁打ちを始めたというのに、こんなのじゃ練習にもなんにもならない。ため息を一つこぼして、こちらに跳ねてくるボールをラケットにすっと乗せた。さっきまでの力任せのラケットの持ち方とは違う、優しさを持って。ごめんね、と呟けばボールはラケットの上で転がった。

夏が近づいていた。うちは夏が好きだった。大会がいっぱいあって、みんなそれに向けて努力をするから。青い空の下で黄色のボールを追いかける。そのコントラストも。輝く太陽も。暑ささえも。みんな大好きだった。
でも、今年は夏が来るのが怖い。うちはいつまでテニスができるのかな。今年は負けてしまえば、それでもう終わりだ。嫌でも受験の為に勉強一色になってしまう。テニスさえできればそれでいいやなんて昔は思っていたけれど、今ではそんな甘い考えはどこかに行ってしまっていた。むしろ、テニスを続けるためにやらなければいけないことはたくさんある。高校に行くことだってもちろんその一つだ。でも、うちは夏が終わるのが怖くて、来てしまうのすら怖くて。テニスを一時期だけでも休まなければいけないのが淋しくて。このメンバーでテニスをできなくなることが淋しくて。
中学を卒業して高校に進学すればきっともっと世界は広がる。望美のように今こうして当たり前のことが当たり前のことではなくなって。うちはそれが怖くて仕方ない。新しい出会いは勿論楽しみなのに、それさえも無くしてしまう怖さがそこにはあった。うちはなんでこんなに寂しがってばかりいるんだろう。

こつん、とかかとになにかが当たった。首だけをそちらに向けて見てみれば、テニスボール。それを追いかけてくるのはこの四月に入ってきたばかりの一年生だ。


「南雲先輩!ごめんなさい!ボール転がっちゃって」


彼女はぺこりと頭を下げた。そうだ。一年生はボール拾いをしているのだ。うちはそんなことも考えずに黙々と壁に向かって打ち込んでいた。壁の真ん中には小さな丸。ほぼ同じところにだけ当てられていたのは少しだけ自慢したい。


「うちこそいつまでもごめんなぁ!一緒に拾うわ!」


とりあえず、かかとにあるボールを一つ拾えば、それを追ってきた彼女はとてもうろたえた。先輩にそんなことをさせてはいけないということだろう。うちも二年前まではそうだったのに、どうして気づかなかったのだろうか。やっぱり当たり前だったことは少しずつ形を変えるのだ。
場所をコートの隅から、真ん中に移してボールを拾い続ける。そうすると、他の一年生たちも慌て始めて、その様子に少し笑ってしまった。
ボールはたくさん転がっていた。それを一つ一つラケットで掬っていく。その様子を後輩たちは見て、目を輝かせる。まだテニスを始めたばかりの子が多い。これがまだできない子も多いのだろう。彼女たちは膝をついて一つ一つ拾っていた。うちはゆっくりとやって見せて、それからやってみるように言った。時間はかかったっていいんだ。やらなければ始まらない。今日はうちがいるから少しくらい遅くなっても大丈夫だよと言えば、彼女たちは真似をし始める。できるようになる子が出始めるとうちは嬉しくなってふふふと笑った。その時、隣の男子が使っているコートが目に入った。白石と制服の女の子が話しているところが見えた。誰なのだろうか、と思ったけれど、すぐに「先輩、もう一回やってみせてください」と声をかけられたから、すぐにボール拾いに戻った。
いつの間にかボールを追いかけることに夢中になっていた。大体の子がもう膝をつかずにボールを拾い始めていてその姿にうちは一人で誇らしくなる。顔を上げると、一人の女の子と目が合った。その子は昨日もうちを見ていた子で、今もこちらを見ていたらしい。うちと視線がぶつかると一歩下がった。さっき白石と話していたのはこの子だったのか、と納得して笑いかけた。そうしたら、彼女の目はボールみたいにまんまるになってしまった。


「先輩、もういいですよー!」


後ろから聞こえて来て、振り返った。まだまだー!と返して、ボールを拾いを再開した。あぁ、彼女はどうしただろうか、とまた顔を上げれば彼女は走り出していて、きれいなフォームの後ろ姿しか見えなかった。その美しさにうっとりとしながら、そういえば昨日は陸上のユニフォームを着ていたことを思い出す。もしかして、白石のファンではなくて彼女だったりするのかな、と。あの噂を聞いて悲しんでしまったかな、とまた考えた。なんでだろうか。彼女の瞳は昨日ずっとちらついていた。うちを見つめる瞳はなにを映しているのか。それは分からない。ただやっぱりボールを拾う度に驚いたようにボールみたくまんまるにした瞳を思い出してしまっていた。




きらいきらいの眼差し




title/深爪
2014.04.16




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