出会ったのが早いとか遅いとか、好きになったのが早いとか遅いとか、そんなの関係ないじゃない。あたしは自分にそう言い聞かせていた。だって、考えてもみてよ。好きって気持ちは止めようと思って、止められるわけ?そんなの恋でもなんでもないじゃない。
それにあたしと白石さんは出会ったばかりだ。始まったばかりの恋に終止符を打つのはまだ早い。だって気づくと考えているのは白石さんのことばかりなんだもの。まだあの二人は付き合っているというわけでもないみたいだし、もう少し頑張ってみてもいいよね?なんてね。

部活が終わってからテニスコートに近づいた。汗で濡れた体を湛然にデオドラントシートで拭いて、鏡を何度も覗いた。なんでだろう。辛い恋のはずなのに白石さんと出会う前よりも世界は輝いて見えるのだ。
テニスコートに着いて、フェンス越しに中を覗いた。どうやら、今日はもう終わりのようで人もまばらだった。お目当ての白石さんが真っ先に視界に飛び込んでくる。そこだけキラキラとした光で輝いていた。胸が弾む。キョロキョロと見回せば、天敵の財前はいないようだ。話しかけてもいいものか、と窺っていると白石さんがこちらを向いてあたしの存在に気づいた。頭を下げれば、笑って包帯をつけている方の手を上げてくれた。そして、そのままこちらに来てくれる。白石さんが近づいてくるのと比例するように、心臓が爆発してしまうんじゃないかってくらいに大きな音をたてて騒ぐ。


「安西さん、どうしたん?」


あなたを見に来ました、とはさすがに言えなくて「見学に来ました」と遠回しに言った。そして、少しだけ胸を張って今日はきちんと部活が終わってから来たということも添えた。そうすれば、白石さんは爽やかな笑顔を浮かべて、「えらいえらい」と言ったのだ。あたしはそれがとっても嬉しくて、顔がとろけていくのが分かった。顔は真っ赤になっているのが分かるくらいに熱くなって、口がへろへろとだらしなく開く。好きな人の前でする顔じゃないなとは思ったけれど、喜びが顔に出てしまうのは止められなかった。多分、喜びと同時に好きですオーラも出てしまっていると思う。それでも白石さんがあたしを見つめる瞳は優しくて。そして、困惑の色が混じっていた。
きっと白石さんはあたしの気持ちに気がついている。それでもこうやって相手をしてくれているのはあたしがその気持ちをきちんと口に出していないからだ。まだ言う時期ではない。よくも悪くもあたし達はまだ出会って時間が経っていないのだ。それにあたしはまだこうしていたい。こうやって普通に話して同じ時間を過ごして、ゆっくりとでいいから白石さんのことをもっと知りたいのだ。
勿論、理由はそれだけじゃないのは分かっている。根底にあるのは白石さんの優しい性格だってこと。でも、自分の気持ちに嘘をつくこともできなくて。それは残酷な優しさだった。痛いけれど甘い。この恋はそんなことばかりだ。


「テニスに興味あるん?」


分かってるくせに意地悪な質問だ、と思いながら、あたしは「はい」と頷いた。


「体動かすのは好きなんですけど、球技が苦手で。だけど、ラケットがあれば大丈夫かなと思って」


球技が苦手なのは本当だ。でもそれ以外は適当に並べただけだった。それでも白石さんは真剣に考えるように顎に手をやった。そんな姿にあたしは少し罪悪感が湧くと同時にあたしのことを考えてくれているのだ、と嬉しくなる。


「じゃあ、今度軽く打ってみぃひん?」


あたしの気持ちには気づいていて、下心には気づかないのか、と目の前の男の人を見て思う。でもきっと純粋に考えてくれたのだろう。それが嬉しくて、また会いに来ていいのか、と思ったら嬉しくなって、大きく頷いた。それに笑って「首とれてまうで」と言う白石さんがきれいで見とれる。細くなる目も、上がる口角も。やっぱり好きだなって。


「今度もまた部活終わりやで。サボらんでちゃんと終わらせてから来るように。俺はほとんどここにいると思うから」


そう言ってきちんと約束した。連絡先を交換できるかなと淡く期待したけれど、そんなことが起こることはなかった。そこが白石さんの自分の気持ちに正直なところだ。でも、それでも、次に繋がることができただけであたしは満足していた。白石さんと別れたあたしの足取りは軽い。隣の女子が使っているテニスコートを見れば、白石さんの想い人がいた。黄色いテニスボールを追うその姿を、それは一年生の仕事じゃないのかと思いながら目で追った。陸上部でもハードルなどの競技で使うものはその種目の中で一番後輩の子が用意することになっていた。あの人は三年だろうに、といつの間にか羽が生えたかのような歩みを止めて、彼女を見入っていることに気づいた。いけないと思ったけれど、もう遅かった。彼女とばっちりと目が合う。思わず一歩後ずさってしまった。でも彼女はそのままにっこりと笑ったのだ。あたしに向かって。けれど、すぐに周りにいた子たちに「先輩、もういいですよー!」と声をかけられて「まだまだー!」と拾いに戻った。
あたしはなんでか胸が苦しくて、痛くて、泣きたくて、叫びたくて、走った。さっきまでの嬉しさが逆に痛い。あの人は白石さんの気持ちに気づいているのだろうか。白石さんをどう思っているのだろうか。その答えが知りたくて、でもできるわけがなくてあたしはただ走った。陸上部でも期待されているあたし。風を体中に受けて家へとぐんぐん進む。あたしも涙も風に乗った。




ぜんぶ素敵だぜんぶ魅力的だぜんぶほしい、だから嫌いだ




title/深爪
2014.04.10




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