テニスコートの中、ひざに白い包帯を巻いた明依を見た。それは昨日の怪我だった。テニスのミクスドの試合形式の練習中のことだったらしい。ボールを追うために無茶をした明依を白石くんが抱きかかえて止めたらしい。今日はその噂で持ち切りだった。昨日、図書委員の当番だったわたしはその瞬間を見ていない。それでも今朝一緒に登校した時には彼女はぴんぴんしていた。
わたしは元気に動き回る明依の白い包帯を見つめながら、テニスコートに背を向けた。萌ちゃんに頼まれたのだ。部活が始まった時にはいたはずの千歳くんを探してきてくれないか、と。練習中のみんなはもちろん探しに行くことなんてできないし、萌ちゃんは忙しそうにしていた。テニス部は男子も女子もマネージャーは今年は一人きりだ。昨日はわたしは委員会だったし、兼部が校則のこの学校ではいられないこともある。そんな時、隣同士のコートは便利なもので、お互いがお互いを助け合うことができた。昨日助けてもらったから、今日はわたしがお返しをする番だった。しかし、足取りは重かった。
千歳くんとはほんの数回話したことがある程度だし、実を言うとわたしは千歳くんのことが少し苦手だったりする。サボりや遅刻の多い千歳くんが、わたしには輝いて見えないのだ。
それでもわたしは千歳くんを探すために歩みを進める。萌ちゃんと白石くんは鞄があるからまだいるはずだと言っていたけれど、わたしの中の千歳くんは鞄にも構わずに帰ってしまうイメージだ。我ながらひどいイメージを持っていると思う。
そのまま歩みを進めて、くいだおれビルの裏へと回った。たくさん植えられた木。その中の一本の根元に寝そべる人影が見える。わたしはその木までそっと近づくと、寝ている人物が千歳くんかということを確かめた。大きな体を仰向けに横たえる男の人の顔をのぞきこめば、探していた人物の寝顔。閉じられた目に長い睫毛。気持ち良さそうに口角の上がった口元。無造作に広がった長めの髪までもが幸せそうで、さっきまでの重苦しい気持ちを忘れたわたしは思わず微笑んでしまっていた。いけない!と頭をふってから、名前を呼んだ。それでも起きない彼を揺り起こす。そうすると、彼は少し唸ってから起きだした。
むくり、と起きて伸びをする。起こした体もあくびをする口も大きくてびっくりした。閉じていた目をぱちりと開いてその中にわたしを映すとにこりと笑った。


「あ、あ〜…東海林さん?」


どぎゃんしたと?とにこにこ笑う彼に少し拍子抜けする。わたしの名前を知っていたのかと思いながら、部活に来ていたのにいなくなったから探しに来たのだ、と説明した。そう言っても彼の表情は変わることはなく、余計に笑みが深くなったように感じる。そして、今日は風が気持ちよくてついここまで来て眠ってしまったのだと言う。それを聞いて、そんなことで…と思ってしまった。


「ほら、部活に行こう!萌ちゃんと白石くんに怒られちゃう!」


起こすためについていたひざをたてて、そのまま立ち上がる。ジャージの汚れを手ではたいて落としながらわたしは千歳くんに話しかけるけれど、彼はまだ立ち上がることすらしなかった。彼の投げ出された長い足を見ながら、部活に行きたくないのだろうかと顔をあげる。


「金ちゃんが好きなんね?」


目が合った瞬間に放たれた言葉。時間の流れが止まったかのように、わたしは動くことと呼吸を止めた。さっきまで響いていた部活のかけ声や楽器の演奏する音は聞こえなくなっていて、わたしはただ千歳くんの瞳を見つめることしかできなくなっていた。

わたしはこの気持ちを口に出したりはしないと決めていた。きっと叶うことがないだろうから。でもそれはそれでいいと思っていたし、わたしはひっそりとこの気持ちをそっとしまいこみながらも大事にしようと思っていたのだ。


「なんでそう思うん?金ちゃんは好きだけどそういうんやないよ」


しっかりと見つめていえば、千歳くんはまばたきを一回。ぱちりとした。そして、少し笑った後に「じゃあ、俺にしとかん?」と言った。意味を理解した瞬間に顔が熱くなる。そうすれば千歳くんはにぱっと笑って「むぞらしか〜」と一言。その瞬間にわたしはからかわれていたのだと気づく。わたしはそのまま千歳くんをおいてテニスコートの方へと歩き出した。いつになく大きな一歩に歩く速度もいつもの倍以上。顔に当たる風が頬の熱を冷まして行く。
今まで金ちゃんとの関係をからかわれることはあった。しかし、それは親子とか姉弟とか恋愛に関係するものではなかったのだ。それが安心でもあったし、悲しくもあった。だから正直に言うと焦ったけれど、わたしの気持ちを恋と認めてくれた千歳くんの言葉が少し嬉しくもあったのだ。でもそれがただのからかいだと分かった瞬間、怒りにかわった。やっぱりわたしは千歳くんにいい感情を持つことができないみたい。


ボールを打つ音が聞こえる。テニスコートが近づいてきたのだ。ほっと息を吐いた瞬間、なぜわたしが苦手な千歳くんと話さなければいけなかったのかを思い出した。…連れてこなかった。立ち止まったわたしからサーっと頭から血の抜ける音がする。さっきからわたしは赤くなったり青くなったりと忙しい。これから戻って千歳くんを連れてくる?あんな風にからかってくる人を?そんなの嫌だ。黙っておいて行ったわたしを逆にあっちが怒っている可能性だってある。どうしようかと後ろをふりむいた。


「俺を連れて行くんじゃなかったと?」


ただ首を後ろに向けただけだった。それでもすぐそこに千歳くんの顔があって驚く。長身な体を折り曲げた彼のおでことわたしのおでこがくっついてしまいそうなくらいに近い。焦ったわたしは一歩下がって距離をとる。


「なんでそんな風にわたしをからかうの?」


わたしの言葉に首を傾げてきょとんとしてから千歳くんはからかってないと話す。普段怒ることが少ないわたしがなんでこんなに千歳くん相手にイライラしているのかとふと思った。そうしたら急にばかばかしくなってわたしは「もういいよ。行こう」と歩き出す。そうしたらへらへらと笑う千歳くんがついてきた。なんだか変な感じ。
テニスコートに着くと、萌ちゃんと白石くんが駆け寄ってきてすぐに千歳くんは連行されていった。二人は自分よりも体の大きい千歳くんを両側からがっちりとホールドしながらも、わたしに向かってお礼をいう。わたしは「うん」と答えたけれど、千歳くんを連れてくるどころか置いてきちゃったのになと思った。それでも口には出せなかった。二人に挟まれた千歳くんは首だけをこちらに向けながらわたしを見て、やっぱりへらりと笑った。




不自然な距離までおいで




title/Fascinating
2013.12.02




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