縁側に座り、ぎこちない微笑みを向け合う2人はまるで兄弟のようだった。



子供なら子供らしく



明日はこどもの日、端午の節句だ。
海野イルカは鯉を暁へと踊らせるべく手を動かしていた。
本当はアカデミー教師数人で行うはずだったのだが、皆そんな時間を作ることが出来ず、1人寂しく作業に取り掛かっていた。
真鯉を飾り、緋鯉を持ち上げた手に小さな影が差す。

「イルカ先生っ!」

そこに現れた金糸の子ども、うずまきナルト。
手を焼く問題児である。

「おお、ナルトか!こんな時間にどうしたんだ?」
「先生と一楽のラーメン食べたくて探してたんだってばよ!」

勿論先生の奢りで、と悪戯っぽく笑う少年に呆れつつも手を休めることはしない。

「はぁ…いいけどなぁ、少し待てるか?」
「おうっ!」

元気よく返事をした幼な子に柔和な笑みを浮かべると、緑鯉に手を伸ばす。
この鯉はナルトの背丈と丁度同じで。
いつか目の前の彼も今までの者達同様、子どもというモノを卒業する日が来るのだろうか。
先とは異なる一抹の寂しさを抱えていると。

「あのさ、あのさ?それ何だってば?」

魚?と小首を傾げ、鯉を指差しナルトは言った。
その姿は非常に微笑ましい。

「これは鯉幟といって、明日のこどもの日に飾るものだ。あとは男の子どもがいる家は甲冑や武者人形を飾るんだ。」
「へぇー!何で?」
「子ども達の幸せを願い、成長を祝うためだな。」
「…幸せを願い、成長を祝う…」

色を失う大きな双瞳。

「…俺には必要ない日なんだ」

蚊の鳴くような声を耳に入れた時、大きな後悔が襲った。
心情を隠すように幼な子は笑い。
「…やっぱ我慢出来ないからもう行くってば!またな、イルカ先生!」
「、待てっナルト…!」

ナルトは振り向くこともなく、去っていった。

次の朝、いつものように生徒達を迎えていた。
門の前で挨拶をすることが最早習慣になっているのだ。
皆、昨日飾った立派な鯉幟を見て感嘆の声を上げている。
里で最も子どもの集う場所だ、里一番の鯉幟を飾っている。

1人で飾ったこともあって、誇らしく思いつつ眺めていると、1人の少年が鯉幟の前に立ち止まった。

うちはサスケ。
悲劇の一族、うちはの末裔だった。
つい最近までは優秀で有りながらも、ごく普通の家庭で暮らしていた。
だが実の兄のイタチによりその幸せは壊され、イタチは里抜けをした。

彼の双黒は蒼を泳ぐ鯉の群れを捕らえていた。
その瞳に光は無く、昨日の色褪せた蒼玉を思い出させ。
彼は無表情のまま、アカデミーの建物に足を踏み入れた。

教壇に立ち、今日がどんな日か簡単に話す。
皆俺の顔を見て聞いてくれたが、ナルトとサスケだけは明らかに違っていた。
周りの輝かしい瞳とは対称に、2人のそれは暗く淀み。
俺はそんな彼らを目にし、授業をしながらもある計画を立てていた。

放課後、俺とナルト、サスケの3人でうちは邸に足を向けていた。
2人は理解しがたいというような顔をしていたが、渋々着いてきてくれた。
というか、2人の小さな手を取り繋いでいる状態故に、逃げることが出来ないのだ。

無言の世界が広がる。
あの悪戯っ子代表のナルトがいるにも関わらずだ。
それもそのはず、この2人は反りが合わないようで水と油の仲だ。
寧ろ混ぜるな危険の扱いである。
今も言葉にはしないが、ナルトとサスケが睨み合っている気配を感じる。

そんなこんなでうちは邸に到着した。
サスケを先頭に、邸内に入る。
ナルトがキョロキョロと目を動かすのを頭を叩いて止めさせ、奥に進む。

「…どうぞ」
「ありがとうな」

サスケにとって招かれざる客であったことは明白だったが、お茶請けと共に緑茶を出してくれた。
大人の対応を目の当たりにし、目頭が熱くなった。
しかしそれをぶち壊す者が1人。

「あづっ!」
「こら!溢すなナルト!」
「だってこれ熱いしにげーもの!客に出すもんじゃねーてば!」
「…文句があるなら帰れ」
「てめーに言われなくてもそうさせてもらうってばよ!」

鼻息荒く、床を突き破る勢いで玄関へ向かうナルトを慌てて連れ戻し。
未だ騒いでいる2人を隣同士に座らせた。
そして持参していた新聞紙を手渡す。
それぞれ受け取りながら、眉をハの字に歪ませ困惑の浮かんだ瞳を向けてくる。
それを微笑ましく思いながら、口を開く。

「アカデミーでも話したが、今日はこどもの日だ!だからお前達と一緒に過ごしたいと思ったんだ」
「「……はあ?」」
「ほら、やることはいっぱいあるんだ!まずは兜を作るぞ!」

そして自身の脳内の奥底に置いていた、兜の折り方を声に出していく。
幼な子達は困惑の色を残しつつも、俺の指示通りに手を動かしている。
サスケは指示に沿って丁寧に折っているが、ナルトはそうは行かず早々と手を止めてしまった。
上目遣いで助けを求める視線を感じるが、目でサスケに聞くよう促し。

「え、えとサスケさん!この後どーすんの?」

サスケは金糸の方を向き、意地の悪い笑みを浮かべて。

「サスケ様って呼んだら教えてやるよ」
「……お前何様だってばよ!」
「フン、作れなくていいのかよ?」
「…、……教えてクダサイ、サスケサマ!」

先ほどの戸惑いは何処へいったのか、片言でもあのサスケに遜るくらい、ナルトはやる気をだしている。
サスケもサスケで、心なし活き活きとしている。
どうやらそれなりに楽しんでくれているようだ。
次に鯉を作り、ストローにセロハンで止める。
簡易な鯉幟の完成だ。

「あとはこれを飾るだけだな!本当は軒に菖蒲や蓬を挿せば完璧なんだけどな」
半日以上も経っているのだし、無くてもいいだろう。

「何でだってば?」
「邪気を払う為だそうだ」
「ふーん」
「サスケ、取り敢えず玄関先に飾ってきてくれ」
「…はぁ」

サスケが居間へ姿を見せた時、見計らったようにナルトの腹の虫が暴れだした。

「なあサスケ、ちょっと台所使ってもいいか?」
「…え?いいですけど…」
「何?先生なんか作ってくれんの?」
「俺だけじゃないぞ!3人で粽を作るんだ」
「「…へ?」」
「あと柏餅も用意しなくちゃな!」
「「……」」

言うが早く、2人を引っ張るように買い物をしに向かった。